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夏じゅう散々抱き合ったのに、秋の終わり、親同士の再婚話が現実のものになったとき、心季くんは、「改めてよろしくね、妹」と綺麗に笑って手を差し出した。
恋情も劣情もすべて、とうに過ぎ去った夏のあの眩しい景色のなかに置きざりにしてきたかのように。
「心季は、回復の見込みあるって?」
郁奈くんが尋ねる。
「ほぼゼロです。このまま眠ったように死ぬだろうって、医者が言ってました。いつになるのかはわからないですけど。でも、病院はできる限りのことをやりますって約束してくれました。ほら、心季くんの病気、なんか珍しいらしいじゃないですか。早老症の特殊ケースだったかな。症例が少ないから、植物状態であっても、生きてるうちにいろいろ試したいんですって」
「人体実験かよ」
「実験であったとしても縋りたいみたいです、おとうさんは。そのためにわざわざ大学病院に心季くんをうつして、自分たちも病院近くに引っ越してきたんだし」
ふと見上げれば、空を求めるように力強く伸びた枝葉の隙間から細い日差しがベールのように降り注ぐ。雲間から地上へ伸びる日差しを「天使の梯子」と呼ぶことを、中学の時に読んだ本で知ったことを思い出す。
天使がほんとうに存在するのなら、どんなすがたをしているのだろう。どうか心季くんを天上に連れていってしまうまえに、わがままを聞いて欲しい。
「私だって、もう一度くらい、心季くんの声をききたい」
*
「ボランティアでもしてるつもり?」
はじめて抱き合ったあと、心季くんは言った。お互いに初体験だった。二回やって、一回目はあんまりうまくいかなかったけれど二回目は結構良かったのではないかと、口には出さないけれど内心ほっとしていた。
夏休み最初の日。西日がさす百合岡家の、見慣れた心季くんの部屋。花の香りの柔軟剤で洗われたシーツのうえで、ふたりともぐったりとして裸のまま手足を投げ出していた。
きっと自責、後悔、素直に従った私への苛立ち、親への罪悪感、そんなものが、避妊具のなかに出してしまった欲望の代わりに、胸の内で急激に膨れ上がったのだろう。困ったように、苛立ったように、心季くんは吐き捨てたのだ。
——ちがうよ、あえて言うならこれは、愛だ。心季くんがすきだから。結ばれるのなら、どんな形であれ私の本望だった。
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