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「そうかもしれない。かわいそうな心季くんに施しを、なんて上から目線の気持ちがあったかも」
——心季くんが望むなら私は、なんだってしてあげたい。なんだって喜んで差し出すし、なんだって犠牲にする。
お母さんなんてどうでもいい、もし心季くんを選んだ道の先に、酷い誹りとか身の破滅とか、いや、たとえ世界の終わりが待っていたとしても、どうだっていい、私は心季くんにただ愛されたかった。
それ以外の現実なんてなにもいらなかった。大袈裟だって呆れられるかもしれないけれど、ほんとうに。
けれど、そんなふうに思っている時点で、私たちがお互いのことをすきなのだとしても、その「すき」はいつか、相容れないものになってしまうことは想像に容易かった。
私の最優先はいつだって私自身だけれど、心季くんは違う。
食べかけのアイスを駄目にした私に、迷わずあっさりと自分のアイスを与えてしまえるように。心季くんの最優先は、いつだって自分の外にある。
ましてや、この先あまり長く生きられないのなら。誰よりも弱くて脆くて心優しい彼が、自分のために誰かを傷つけたり、犠牲にしたりすることなんて、あるはずがないのだから。だから。
「心季くんにこんなことしてあげられるの、私くらいだもんね」
ほんとうに伝えたい言葉を私はいつだって呑み込んできた。
でも、こんなことになるんだったら、最初から、おもいを自覚したときから、言っておくんだった。
いくら伝えても届かない言葉を繰り返すようになるくらいだったら。
ちゃんと彼が目覚めているときに、飽きるほどに伝えればよかった。
どんなに拒まれたとしても。どんなに拙い言葉だったとしても。
*
電車とバスを乗り継いで空港へ向かう。夜の飛行機だと聞いていたのに、バスの車内から空港が見えたときにはまだ夕暮れにも差し掛かっていなくて、早く着きすぎたと心配する私は彼に手を引かれ途中下車することになった。
海のうえに浮かんだ空港へと直線に引かれた道路の付け根、森林公園のほど近く。目的地は、何の変哲もない砂浜——ではない、小さな硝子片が砂の代わりに敷き詰められた「ガラスの砂浜」だった。
角が丸く削り取られた色とりどりの硝子の粒がきらきらと輝いている。踏みしめるたびに硝子は足の下できしきしと音を立てる。
「すごい。裸足になりたいな」
「危ないから禁止だと」
「ちょっとだけ」
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