5月5日と追想

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***  窓際の席から見えるのは、校庭、入り組んだ港の凹凸、屋根が連なった町の風景、水平線上にうっすら並ぶ島影。朝の海は昼や夜よりも澄まし顔をしている。カレンダーの上では、高校はすでに夏休みだ。けれど、ほとんど全員強制参加の夏期講習がほとんど平常時の授業と変わらない拘束時間のもとで、今日も行われる予定だ。  海は微かに波立っていて、波間に砕かれた日差しがきらきらと漂っている。こうやって見ている分には綺麗だけれど、実際の夏の日差しはあまりにも強烈だ。強烈すぎて殺されるんじゃないかと思うくらいに、一歩外に出れば、頭の真上から容赦なく降り注いでくる。  生きるのに限界近くに達している僕の身体は、最近では体温調節機能がばかになってしまったらしい。今しがた登校してきた郁奈の額と首筋は透明な汗で濡れているのに、僕の肌には汗の一粒すら浮いていない。 「うわー、すごい汗。チャリ通きつそう」 「夏死ねよ」  自分が「死にそう」と言わないところがこの男だと思った。殺される、なんて思う僕とは正反対だ。煩わしそうにワイシャツの襟もとをぱたぱたさせて風を立たせながら、なぜか僕のほうへと非難がましい視線を寄越す。 「おまえ、なんで汗かかねえの」  病状が進行しているからだ、とは言わない。  郁奈に病気のことは話していない。僕のことは昔から、ひとより少し、いやだいぶ身体が弱いだけのやつだと思っている。  体育の授業も持久走大会もいつも見学で、しょっちゅう保健室に行っても安易にさぼり認定されることはなくて、暑い日や寒い日に、「大丈夫?」と周囲に心配されるだけで、その他の面ではいたって普通の人間。  みんなそうだ。知っているのは父親と、その恋人である菜央の母親、そしてこのまえ自分で打ち明けた菜央だけ。  菜央のことを考えると、胃からなにかがせり上がってくるような感じがした。  物理的に吐きたくはないので、言葉にして吐き出すことにする。  郁奈は多少性格も口も悪いけれど、基本的に面倒見のいい奴なので、愚痴をこぼしたり弱音を吐いたりをする相手としては適任だ。もっとも、吐き出されるばかりの郁奈からすると迷惑でしかないだろうけど。 「ねえねえ郁奈ちゃん聞いてよ」 「なんだよちゃん付けきもちわりい」 「ひでえ。それはいいから、僕の懺悔、聞いて」 「懺悔?」
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