30人が本棚に入れています
本棚に追加
朝の風景
僕が朝ごはんを食べ終えると、ママは洗い物を済ませて、仕事に出かける準備を始める。
「ごちそうさまでした」
「うん。歯磨きしてね」
面倒だけど、これは家族で決めた約束のひとつ。今まで通りに行動すること。それに、歯みがき粉のミントでスッキリすると、少し大人の気分になる。
パジャマから半ズボンとTシャツに着替えた。寝癖がついてないことを確認して、僕はママに声をかけた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ママもやっと週三の出勤が出来るようになり、フルタイム復帰を目指している。
それから自分の部屋のドアを開けて机に座った。
タブレットのアプリを起動させて、パスワードを打ち込む。しばらくして何度か画面が切り替わり、哲先生の顔が映った。
『朋くん、おはよう』
「おはようございます」
『今日も元気だね。よく眠れたかな』
「はい」
『よかった。もう少ししたら出席取るから、準備して待ってて。一時間目は算数だったね』
先生が手を振ると笑顔が小さくなった。いくつかに分割された画面には、すっかり顔なじみになった友達が次々に登校してくる。皆には実際に会ったことはない。僕たちはオンラインスクールの仲間だからだ。
僕は算数の教科書とノート、筆箱を用意して朝の会の時間を待った。
『おーす! 朋』
画面にいきなり葵の声が響く。
「びっくりした! おはよう」
音割れ寸前の元気のよさに僕は笑いをこらえた。
『オレ、宿題忘れちゃったよ』
「算数の? それはヤバいね」
『今日に限って一時間目だもんなー』
葵が歯を見せて笑う。通っていた学校は違うけど、初日に真っ先に声をかけてくれた同級生だ。
『ここは自分のペースでいいって言われたからさ。楽しみにしてたんだ』
『でも、やっぱり不安だな』
『大丈夫だ。オレがついてる。わかんないことがあったらオレに聞け』
『…君も今日からでしょ』
『そーだった。まあ、何とかなるって』
明るくて素直で、悩みまでも吹き飛びそうな葵の笑顔に、僕は安心して気が楽になった。でも、僕も葵も言葉には表せない気持ちを抱えている。ここにいる皆がそうだった。
『揃ったかな。じゃあ、朝の会始めるよー』
哲先生の声に、僕はおうちモードを切り替えた。
最初のコメントを投稿しよう!