3553人が本棚に入れています
本棚に追加
「ぁ…ナナ、です」
か細くて、透き通るような綺麗な声。
その澄んだ大きな瞳は、闇の中で生きてきた俺には眩しすぎる。
「……ルイ」
複数のモニターの明かりしかないこの薄暗いマンションの部屋に、俺の声が響く。
どうせ、葉月さんは一度言い出したら聞かないし、諦めるしかない。
無愛想に名乗ると、その女が嬉しそうに笑った。
変な女。
こういう女に限って裏では性根が腐ってんだよ。
そんなのを数えきれないほど見てきた。
この女もきっとそう。
そう思っていた。
「最低限のものは明日持ってくる。じゃぁな」
そう言って葉月さんが部屋から出て行く。バタンッと玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
初対面のこの女と2人になって、沈黙が流れる。
死ぬほど憂鬱だ。
だけど考えたって現状が変わるわけでもない。
はぁ…と重いため息をついた。
「あんた、いくつ?」
「21、です」
2つ下か。
その割には擦れてなさそうというか、世間を知らなさそうというか。
「とりあえず風呂入れば?あんたすげー匂いする」
まともに風呂なんか入らせてもらえなかったんだろう。
そう言うと女はかぁっと顔を赤くして風呂場に走って行った。
かと思えばまた戻ってきて、そろりとリビングに顔を出す。
「…ルイ、さん。あの…服借りてもいいですか?着替えとかまだなくて…」
何日も洗濯されてなさそうな、黒ずんだ服を着ているその女。
地下で怪我をしたという左腕の肘下に巻かれた包帯だけが、違和感があるほど汚れていなくて真っ白だった。
女は申し訳なさそうに視線を泳がせている。
立ち上がって、とっくに乾燥が終わっている洗濯機の中から適当にスウェットを取り出した。
「ん」
雑に手渡すとその女がそれを受け取って、ぺこっと頭を下げるとまた風呂場の方へ消えて行った。
最初のコメントを投稿しよう!