愛のあるところにあつまるのか

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 彼が長い道のりを歩いている。別に旅をしているわけではない。単純に用事があってその場所に向かっている。会いたい人がいるから。  周りは懐かしい景色ばかりなのは、彼はこの街に住んだことはなくても子供のころから良く訪れていたから。  その理由は母の生まれ故郷で親戚はもちろん祖父母もいたから。 「懐かしいよ」  数えきれないくらいに訪れているところでもふと近所を歩いてみると、幼いころに遊んだ記憶が蘇る。  小さな商店に寒い季節に買い物をしたこと。狭い公園に暑くても毎日遊んでいた。どれも懐かしくて忘れたくない思い出。生まれてから三十年以上が過ぎても消えない。  セピアカラーになっている記憶を今あるだけの色彩で再び蘇らせる。 「およ。久しぶり」  あくまで親戚の家。しかし彼は自分の家のようにズカズカと上がり込んでから「こんちは」と言うと同年代の女の子が姿を現す。  彼女は彼の従妹で全くの同い年。  あくまで勝手に彼はいつもこの家を訪れると使っている部屋に荷物を置く。 「またお邪魔するわ」  軽く手を挙げての挨拶。一年ぶりに会う従妹同士とは思えない。 「どうぞ、どうぞ。ばあちゃんのためにありがとう」 「当然だ。お前だけのばあちゃんじゃないんだからな」  今回の来訪の理由は祖母の一回忌。もう彼らの祖父母は違う世界に旅立ってしまっていた。 「そりゃあ、どうもですなー」  しかしこの間柄は彼女のほうもこんなのなので特に親しいと言えるのだろう。 「取り合えずばあちゃんに挨拶」  会話もテキトーに彼は仏間のほうに移動する。そこには少しだけ若い祖母の姿がある。  彼は写真に向かって手を合わせると「会いたかったから、また来たよ」と一言残して、こちらにも簡単に挨拶をすると今度はダイニングに向かった。 「おじさんたちは?」  キッチンのほうで彼女が麦茶を煮冷ましていた。 「ちょっと買い物だって。そっちのおっちゃんたちは?」 「うちも買い物忘れで俺だけ車を降ろされたんだ」  彼は母の生まれ故郷から車で半日くらいのところに住んでいるので、長距離運転のこなしてダイニングセットの椅子に座ると「疲れたー」なんて話している。 「お土産はまだ待てよな」 「いつも持って来てくれるのオイシーから楽しみだなー」 「そう言われるとどんなの買おうか迷うよ」  土地が違えば名物は当然違う。それは遠方の親戚の良いところなのかもしれない。 「なんか飲む?」  麦茶が入っている鍋のふたを閉じて彼女は冷蔵庫を開ける。 「冷たい麦茶、頼む」  こんな時も遠慮なんてしない。帰る返事も「ほーい」なんてのだから本当に親しい。兄弟かそれ以上だ。  彼女は麦茶ポットを取り出してテーブルに置くと振り返って食器棚からコップを取り出す。「ほい」と彼は返事とも言えない言葉を吐きながら彼女がコップを置くと麦茶ポットを持って二つのコップに注ぐ。 「しかしなー。ばあちゃんもいなくなると、この家も静かだなー」  三世帯同居の家は結構広くて、彼が見渡すと昔の明るい雰囲気はなくなって暗い。でも、これは単純に人が少ないから電気が消されているだけ。
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