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魔法使いに憧れる天然少女クルミ=ミライ(仮名)の光学異性体(以下クルミ=ミライ、敬称略)は悩んでいた。
下の三つの話をつなげ、何か面白い物語を創ろうとして、上手くいかないためである。
↓
・動物言葉の翻訳機を手に入れた。仲良しだと思っていた犬と猫は、実は嫌味の応酬をしていて……。
・母の再婚で伯爵の娘になったけど、美しい義姉に挨拶をしたら眉を顰められて――。
・殺人事件の容疑者となった怪盗の無実を証明するため、ライバル探偵が奔走!?
↑
「あ~もう、どうしよう! えーい、面倒臭い! 適当な話にしちゃえ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
代々魔法使いを輩出する名家の令嬢ユズ=エーデル(仮名)の光学異性体(以下ユズ=エーデル、敬称略)がクルミ=ミライを止める。
「もっとちゃんと考えなさいよ、もっと真面目にやりなさい!」
クルミ=ミライは唇をツンと尖らせた。
「え~考えたってわかんないよお」
「諦めないで」
ユズ=エーデルに言われたところで、わからないものはわからない。だが、わからないなりに思いつくものがあったようだ。クルミ=ミライの頭の上の方で電球がピカッと光った。
「わかった、魔法で三つの話を一つにまとめたらいいじゃん!」
そう言うとクルミ=ミライは変な呪文を唱えた。
「じょ~じょじょじょ、じょ~イエイ!」
何も起こらない。
「あれ?」
「あれじゃないでしょ、今のなに!」
ユズ=エーデルに訊かれ、クルミ=ミライは自信なさげに応えた。
「え~と、創作の呪文」
「ぜんぜん違う!」
代々魔法使いを輩出する名家の令嬢だけあって、ユズ=エーデルは魔法に詳しい。魔法使いに憧れるだけの天然少女クルミ=ミライとは、基礎が違うのだ。その気はなくても説教じみた口調になってしまう。
「そんな呪文を唱えたって、なにも起こらないわよ!」
「そんなに怒らないでよ」
「怒ってない!」
そう、ユズ=エーデルにはクルミ=ミライを怒る資格はない。二人とも、魔法少女になれなかった女の子であることに変わりはないのだ。
その現実が、ユズ=エーデルを苦しめる。レットラン魔法学校<国家魔法師養成専門学科(通称・マ組)>への進学がかなわず、二人とも<普通科一組>の一員となった。魔法使いへの道は、もはや閉ざされたと言っていい。
代々魔法使いを輩出する名家に生まれたのに、自分は魔法使いになれないのだ……その絶望に囚われたユズ=エーデルを、魔法使いに憧れる天然少女クルミ=ミライが慰める。
「ま~そんなに深刻にならず、のんびりいきましょうよ」
そう言ってクルミ=ミライは胡桃の硬い殻を前歯で噛み砕いた。
「担任のミナミ=スズキ先生がねえ、教えてくれたのよ。この三つの話をうまくつなぎ合わせたら、マ組の生徒じゃなくても魔法使いになれるかもしれないんだって」
ユズ=エーデルは驚きで目を丸くした。リスのように胡桃を食べるクルミ=ミライが信じられないのか、マ組に行かなくても魔法使いになれるという話が信じがたいのか、どちらなのか分からない。両方の可能性もある。
両方だったようだ。
「歯、大丈夫? それと、その話は事実なの?」
「歯は平気。本当の話かどうかは、わかんない」
「ねえ、はっきりしてよ。その話は本当なの?」
「わかんない。なれるかもしれないってだけだから、なれないかも」
天然少女らしい、いいかげんな返答だった。根が真面目なユズ=エーデルは、あやふやな情報に踊らされたくなかった。<普通科一組>担任のミナミ=スズキ先生に、それが事実かどうか、訊いてみたかった。
「わたし、ミナミ=スズキ先生に訊いてくる」
そう言うユズ=エーデルに胡桃を貪りつつクルミ=ミライは言った。
「先生は、明日まで出張中」
「それじゃ、明日の朝一番で質問するわ」
「でも、このお題の締め切り、明日の朝四時までなの。先生に訊いてからじゃ、締め切りには間に合わないよ」
新しい胡桃を割って食べ始めたクルミ=ミライが呑気な口調で言った。ユズ=エーデルは腕時計を見て顔を強張らせた。
「締め切りが明日の朝四時! もう十二時間もないじゃないのよ」
「そうねえ、困ったねえ」
たっぷり胡桃を食べて眠くなったクルミ=ミライはコロンと横になった。
「むにゃむにゃ、ちょっとお昼寝するね」
「昼寝じゃない、もう夕方だって!」
「お休み~」
「それ、目が覚めたら朝のパターンだって!」
ユズ=エーデルに体を揺すられてもクルミ=ミライは起きない。困ってしまったユズ=エーデルは、ある覚悟を固めた。
「創作の呪文を唱えてみよう……失敗すると大変なことが起こるとされる、禁断の魔法だけど、魔法使いになるために、やってみる!」
他の誰かが禁忌を犯すことは絶対に許さないし、自分も間違ったことはしたくないユズ=エーデルだが、魔法使いになるために、禁断の魔法を使う決心を固めたのである。彼女は、その呪文を唱えた。
何も起こらない。ユズ=エーデルは絶望した……けれど、すぐに立ち直った。
「失敗失敗、でも平気平気! ま~たチャレンジすればいいんだから、どんまいよ!」
その横で寝ていたクルミ=ミライがムクリと起き上がった。
「大変、明日の四時までに『正反対の私たち』をテーマにしたコラボコンテストに応募しないといけないのに、何も書けていない。ああ、どうしよう! 大賞を受賞したら、魔法使いになれるかもしれないっていうのに!」
神経質に思い悩むクルミ=ミライの頭をポンポン叩き、ユズ=エーデルは笑顔で言った。
「大丈夫大丈夫、気にしない気にしない。明日の朝までには、なにかできているって」
クルミ=ミライは目を三角にして怒った。
「なに言ってんの! 呑気すぎだって!」
ユズ=エーデルの唱えた魔法が失敗したために、二人の性格は入れ違ってしまったようである。真面目な性格のユズ=エーデルは天然のノンビリ屋に、その一方、天然だったクルミ=ミライは几帳面な性格へと変貌を遂げたのだ。
ただし、この段階では、二人とも変化に気付いていない。そのことより、重要なことがあるのだ。明日の早朝四時までに『正反対の私たち』をテーマにした作品を完成させねばならないのである。魔法少女となるために、頑張れクルミ=ミライ&ユズ=エーデル! 負けるなユズ=エーデル&クルミ=ミライ!
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