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依頼4-1 因果関係
安曇の住むアパートは、十二月に少しだけ注目された。胎児の死体遺棄事件があったとテレビで報道され、警察が出入りし、マスコミも何度か訪れた。彼女は部屋のインターホンが鳴っても無視をして、アパートの外で張っていた記者にもなにも答えなかった。
しかしそれもほんの一時のこと。二、三週間もすれば報道陣の姿は見えなくなり、テレビやネットで話題に上ることもなくなった。人が他人に抱く興味なんてこんな程度なのだな、などと思いながら安曇はベッドに横になる。
本日「やくも」は店休日。なんの予定もないので部屋でごろごろとしていた。
それにしても、だ。他人にほとんど興味を持たない希薄な人間関係のなかで、相手を呪ってしまうほどの憎悪を持つ、もしくは持たれるとはいったいどういうことだろう。それほど恨まれるような酷いことを誰かにした記憶が、安曇にはない。無意識のうちにという可能性もあるが、もしそうだとしたらなにをしてしまったのだろう。見当もつかない。
静かな部屋にふう、と小さなため息が吐き出される。
八雲からもらった手の平大のこけしがテレビ台の隅から安曇を見つめていた。よく見える所にと思ってあそこに置いたこけし。本当に眺めるだけで、あまり手に取ることはしない。没収されるのが嫌で八雲には話していないが、実は持っていると身体の調子が優れない。
気づいたのはF市からの帰り道だ。なぜかわからないが頭痛がした。疲れやストレスによるものだと思い、こけしとの関連性など疑わなかったが、帰宅後も手に取り眺めていると頭が痛くなる。触らなければ痛みは起きない。たとえ痛くとも、手を離せばすぐに症状は消える。
洞窟に足を踏み入れたときと同じ――相性が悪いのかもしれない。せっかくいただいた物に対して、そう思いたくはないが。
そもそもどうして体調不良が引き起こされるのか。何度か考えてみた。もらってからすでに日数が経ち、何度も目にしているので思い違いかもしれないが、この通信筒というものに見覚えがある気がするのだ。しかしいつどこで見たのか、まったく思い出せない。それを思い出せたら、なにかわかるかもしれないのだが……。大切なことを、忘れてしまっているような。
「うーん……」
手がかりがない。目を閉じて思案していると、安曇の脳内にぽんっと八雲が現れた。
「そういうときは、違う角度からアプローチしてみるといいよ」
なるほど。
こけしに触れて起きる体調不良や洞窟での出来事が、もしも呪いと関係があるならばそれぞれが持つ意味について知るのもありかもしれない。それがどこかで呪いや、自分が忘れているなにかと繋がっているかもしれない。幸いなことにそういう調べ物をするには最適な環境に身を置いている。
翌日の出勤日、安曇は店内の書棚と睨めっこしていた。八雲はいつもどおりソシャゲに夢中。デイリーミッションに精を出していた。安曇が掃除をしていようがなにをしていようが苦言を呈することはない。
天井まで届きそうなほど高い書棚には行儀良く本が収められていた。物置兼仮眠室に積まれていたものも含め、安曇が整理整頓したのだ――そこの掃除はまだ完全に終わったわけではないが。
本のジャンルはさまざまだ。民俗学、宗教学、心理学、日本文化、妖怪百科、都市伝説、図鑑、猫の飼い方、おばあちゃんの生活の知恵、占い等々。仕事に関係あるのかどうかわからないものまである。まあ万屋なのだから、どれも関係あると主張されればそれまで。
安曇はその中から適当に数冊を選び、ページを繰った。
こけしは伝統工芸品としての一面を取り上げられることが多く、各地域の名品が写真と共に掲載されている。求めているのはこういう情報ではない。どちらかというと、胡散臭くてももっと怪現象やオカルトなことが取り上げられているものが望ましい。
――と、安曇の手が止まる。
それは神社について紹介されている書籍だった。
こけしの供養祭が行われる神社があるらしい。赤ん坊を模した玩具であるこけしは、不要になったら神社でお焚き上げをするそうだ。そのお焚き上げのために神社へ行くことを、里帰りと呼ぶ。
なるほど、そういった儀式が必要なのであれば、いわくつきのこけしなんてものもあるかもしれない。「やくも」の仕事にありそうな話だ。
それからもう一つ、別の書籍でも気になるページを見つけた。口裂け女や花子さんなど、昭和・平成に流行した都市伝説や超常現象を紹介している本だ。それには「こけしの語源は『子消し』である説!!」と太字で書かれていた。なんとも胡散臭い。
そう感じたとおり、それを裏付ける根拠となるものはないようだ。こけしが赤ん坊を模していることや都合のいい漢字を当てることができたために、そう騒がれたのだろう。
「やくも」にある本で得られたこけしにまつわるそれらしい情報はこの二つだった。
次は洞窟についても調べてみようか……。しかし洞窟だといかにも神様を祀っていたり、心霊現象が起きたりしそうで情報量も多そうだ。安曇が辟易しているところへ、スマートフォンをいじりながら八雲が声をかけた。
「ずいぶん熱心に勉強しているねぇ」
「勉強、というか……自分の呪いについて考えてまして」
体調を崩してしまうことを伏せ、今しがた調べたこけしについての情報を話す。
「ほう。それで次はなにを?」
「うーん……洞窟について調べようかと思ったんですが、いわゆるいわくつきって多そうだなと」
顎に手を当てる二人。
すると八雲が、あそこになら少し古い本があるよと店の奥を見た。あそこというのは、物置兼仮眠室のことだ。
安曇の呪いはおそらく積もりに積もった怨恨。であれば少しばかり歴史を遡ったほうが手がかりが見つかるかもしれないと踏んでの提案だった。
「あそこですかぁ……」
物置兼仮眠室は多少物が減ったが、まだ片付け途中で埃だらけだ。安曇は黙考したのち、よしっ!と気合いを入れるとマスクの準備をした。
どうせ依頼が入ることはほとんどない。掃除をしながら調べ物もしてしまおう。
臨戦態勢で店の奥へと消える安曇を、八雲も臨戦態勢で見送った。
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