依頼4-2 寄木細工の箱

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依頼4-2 寄木細工の箱

 物置兼仮眠室は以前のように足の踏み場がないほど荒れてはいない。まだ二重のマスクやはたきや雑巾などが必要ではあったが、部屋の奥まで進めるようになっていた。  四段にわけられた棚の一番下に重いものをしまった段ボール、一番上にはなんだかよくわからない小物や小箱、二段目と三段目に店内の書棚に入りきらなかった本を収納していく。確かにこの部屋に置かれた本は古いものが多く、紙が黄ばんでいたり破れかかったりしていた。床に積まれていた、暗号のように漢字ばかりが並ぶ本やカバーがなく紐で綴じられただけの本を一冊ずつ整頓していると、少しずつ部屋が広く見えてくる。本のタワーを三つほど片付けると部屋の隅が現れ、安曇(あずみ)はつい感嘆の声を漏らした。  ふと、ぽつんと置かれた箱に気づく。両手に乗る程度の大きさの寄木細工の箱が、埃を被っている。中のものを確認して片付けなければ。  これまでと同じように手に取り埃を払うと蓋を開ける。入っていたのはさらに小さな箱と、一枚の写真だった。少し傷んでいることや、カラーとはいえ荒い画質から自分の幼い頃よりもさらに年代が古いものだとわかる。  問題はそこに写っている人物だ。男性が一人と小学生くらいの子どもが二人。  男性はすぐに判明した。どれほど昔かわからないが、見た目がほとんど変わっていない。つるつる頭に法衣姿で歯を見せて笑うのは『福寿(ふくじゅ)院』の住職だ。  となるとこの子ども、一人は八雲(やくも)だろうか。ふんわりした髪の毛と少し垂れた目に面影がある。恥ずかしそうに視線をカメラから逸らしているのが微笑ましい。  そしてもう一人――幼いながら整った顔立ちで、白いパフスリーブのブラウスにチェック柄のスカートを身につけた少女がまっすぐこちらを見つめている。  この少女が何者か、安曇には確信めいたものがあった。  由羅(ゆら)――。  きっとこの子が、そうだ。  ごくり、と喉が鳴る。  写真と共に入っていた箱に手をかけた。この箱の形、実際に触るのは初めてだが、よく見る()()だ。なぜだかわからないが心臓が早鐘を打ち、手が震える。誰かの日記をこっそりと覗くような後ろめたさがあった。  だが、止められない。    ――なんとなく感じていた。見なければ良かったと思うのではないかと。  真っ白で柔らかな生地に支えられ、指紋の一つもついていない白金の指輪が二つ、蛍光灯の明かりの下で煌めいた。ただのペアリングなんかではないと誰が見てもわかる。  八雲が口にしない人――由羅は、彼にとって()()()()()()なのだ。そう理解して、安曇は佇む。しかし部屋の外に響く電子音が、それ以上の思考を阻んだ。  依頼の電話かもしれない。安曇は寄木細工の箱を棚に置くと、急いで八雲のいる店内へと戻った。  ♦︎♦︎♦︎ 「真夜(まや)くん? 浮かない顔をしているね」  目的地であるT県へと向かう新幹線の車内で、八雲は缶コーヒーを飲みながら尋ねた。 「え、そうですか……?」 「あっ! もしかして県外出張ばかりだから移動に飽き飽きしているのかい?」 「いえ、そういうわけでは」  否定する安曇の声など聞かず、八雲はスマートフォンを取り出し「そういうときはね、真夜くんもこれやってみるといいよ」とソシャゲの紹介を始める。  断りつつも、安曇は内心でほっとしていた。  物置兼仮眠室にあった写真と指輪――八雲と共に写っていたのは由羅なのか、あの指輪の持ち主は八雲と由羅なのか、なぜあのようにしまわれているのか……気になることが山ほどある。しかし、見てはいけなかったのではないか、八雲は由羅のことを隠していたのだから、知らないふりをしていたほうがいいのではないかという思いがあったからだ。  写真と指輪を見てしまったことを、八雲に勘付かれてはいけない。真相を聞きたくともそれができないことがもどかしいと同時に、知りたくないという気持ちもあった。  思わずため息をついてしまう。どうしてこんなにもやもやとした気分なのか、わからずにいた。もやもやは苛立ちに変わり、安曇は持っていたミルクティーをひと息に飲み干す。強く握り締めた缶が、カコッと無機質な音を立てて凹んだ。こういうときはほかのことに集中したほうがいい。 「社長、依頼の内容はなんでしたっけ」  いつの間にかソシャゲのプレゼンよりも遊ぶことに夢中になっていた八雲は、気のない返事をしたあとにこう言った。 「石がねぇ、割れちゃったから」  相変わらずわからない説明である。しかし多分まあきっと、それによりなにかが起きている、ということなのだろう。ソシャゲを楽しんでいるときの八雲はまともな会話にならないのだ。  安曇は座席に身体を預け、スマートフォンを見つめる八雲の横顔を見た。ふわりと揺れる髪――今日は発芽して(ねぐせがついて)いない――、微笑みを絶やさない瞳、鼻筋も通っていて、見た目は悪くない。ちゃんとしていればかっこいい。  だが……こんなソシャゲばかりやっているだらしないおじさんに好意を抱く物好きなんているのだろうか。  ――誰に向けての言葉なのか、そんなことを思った。
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