依頼4-4 白装束の行列

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依頼4-4 白装束の行列

 その場ですぐに解決はできなそうだという八雲(やくも)の判断で一行は宿へと向かった。またも温泉が近いことに彼は嬉しそうだ。そういう場所の依頼ばかり受けているのでは……という詮索はしない。安曇(あずみ)も温泉は楽しみだからだ。危険な思いをすることも多いこの仕事。役得と思ってちょっとくらい楽しんでもいいだろう。  宿の近くにはT県最古の温泉があり、その歴史はなんと一三〇〇年。日本国内においても前から数えたほうが早いほどの古さだ。動物が体を癒していたことが温泉の名前の由来とされ、温度ごとにわかれた白濁湯は何世紀にも渡って湯治に訪れた人々の身体を癒やしている。    八雲が男湯を出ると、受付横の休憩スペースにはぐったりとした安曇の姿。片手に瓶のフルーツ牛乳。 「のぼせてしまったのかい?」  覗き込むように顔を見ると、少々頬が赤らんでいる。安曇はフルーツ牛乳を一口飲むと弱々しく頷いた。 「いろんな温度のお湯に浸かっているうちに……」  この様子ではまだ宿へ戻るのは難しそうだ。八雲はコーヒー牛乳を一本購入すると、「真夜(まや)くんはドジだねえ」と隣であぐらをかいた。 「……不運なだけ……じゃないか……これはそう言われてもしょうがないです……」  やや不服そうではあるが、素直に八雲の(げん)を認める安曇。 「すみません、ご心配おかけして……」 「いいんだよ、ぼくもこれが飲みたかったから」と八雲は瓶を傾けた。  どうしてだろう。この人といると居心地がいい……などと、ぼんやりとした頭で安曇は思う。のぼせているからなのか、普段ならその思考にツッコミを入れるはずの、心の中のもう一人の自分は現れなかった。  休憩スペースにはいくつかの写真が飾られており、どうやらN町の人々が地域を撮影したものらしかった。生き物を殺すと言われている石、この温泉の外観、白装束を身に纏い、松明を掲げている行列……。  八雲の視線を辿った結果、二人で同じものを眺めていた。 「あの白い着物の人たちの写真、なんなんでしょう」  白装束の人々は皆、狐の面をつけている。まだ青さの残る暮れ始めたばかりの空と影のように黒い山の稜線、その山の中を突っ切るように橙色の炎が並ぶ。狐の顔をした行列が明かりを灯して進むさまは幻想的で、日常とかけ離れた光景だった。  翌日、安曇と八雲は狐面の行列について知るべくN町の観光案内センターを訪れた。石について調べていることは語らず、温泉で見た写真が気になったので教えてほしいと頼んだ。窓口の中年女性は日頃から観光客の相手をしているだけあって愛想が良く、始終にこにこと案内をしてくれた。  狐面の行列は、年に一度開催される祭りの松明行列だという。白装束に狐面をつけた百名の行列が、松明を掲げて神社から祀られている石まで歩くのだ。  この地域は国内で最も大きな火山帯として知られており、昔から噴火による被害を受けてきた。それを山の怒りと考えた人々が、活火山を鎮めるために始めた儀式が祭りとなったそうだ。いつしか地域に定着したこの祭りは、今では松明行列のほかにもさまざまな催しが行われている。  狐の面をつけるのは、やはり九尾の狐伝説を(なぞら)えているのだろう。  八雲が礼を言うと、女性は「ご夫婦で旅行なんていいわねぇ。寒いけれど楽しんでいってね」とあらぬ勘違いをにこやかに述べた。安曇は必死に会社の研修だと弁解したが、八雲は一瞬面食らった表情をしたものの、そう見えますかと笑うだけ。  観光案内センターを出てからも八雲は笑いを引きずっていた。夫婦に見られるのがそんなに笑うほどおかしなことなのか。否定しないのはまだいいとして、あまりにも笑われるのはまるで分不相応だと言われているようで腹立たしい。  安曇は笑い続ける八雲を置き去りに、ずんずんと歩く。 「おーい、真夜くんどこ行くんだーい」  数メートル離れたところで八雲が叫んだ。 「そんなの知りませんっ! 調査ですっ!」  なにも常に一緒に行動する必要はない。宿は同じなのだし連絡先も知っているのだから、それぞれに調査を行っても支障はないだろう。  ――と自分に言い聞かせながら、安曇はどこへとも知れず歩いた。八雲が呼んでいるが知ったことではない。わたしは怒っているのだ。……夜までには、自分の機嫌も直るだろう。大人なのだから、自分のご機嫌は自分でとる。  ♦︎♦︎♦︎  結局、安曇は妖狐の成れの果て――生き物の命を奪うという石の前へ来ていた。雪は降っていないが今日も気温は十度を下回る。そんな寒さでも観光客が訪れ、しめ縄が外れかかった石の写真を撮っている。辺りは相変わらず硫黄臭く、鼻をつく臭いに少しばかり顔を顰めた。  八雲は追いかけて来なかった。そんな義理はないかもしれないし勝手に単独行動を始めたのは自分だが、それはそれで苛々する。  ここに来たってなにもわからないか――。  順路に沿って石から去ろうとしたそのとき、いつもの風音が聞こえた。甲高く、通り抜けていくような高音は時折悲鳴のようにも聞こえて、背筋に悪寒が走るようなおそろしさを感じることがある。 「大丈夫?」  柔らかな低音に振り返る。  しかしそれは期待した人物ではなかった。安曇よりも少し歳上だろうか――すらりとした青年が一人、立っていた。 「なんだか震えているように見えたから」 「ごめんなさい、大丈夫です。ちょっと考えごとをしていただけです」  こんな所で具合が悪そうにしていたら、心配にもなるだろう。青年はそう……と細い目を安曇の顔に向けた。 「お姉さん、一人なの?」 「え? あ、ああ……まあ……そうですね……」  答えたあとで八雲の姿が脳裏に浮かぶ。厳密には一人ではないのかもしれないが、しかし今はどう見ても一人だ。 「観光?」 「えーと、仕事……会社の、研修です」  まるでナンパだ。彼も一人だし、もしかしたらそうなのかもしれない。ふうん、と言う青年に、嘘っぽかったかなと安曇は考えた。会社の研修に一人で、それも祀られている石を見に来ているなんて。でも仕事は本当だから嘘ではないし、ナンパならこれで諦めてくれるだろう。  しかし青年は訝しがる様子もなく「石に興味があるなら、伝説に詳しい人が集落にいるから案内しようか?」と思いもよらぬ提案をした。 「伝説に、ですか」  九尾の狐伝説。より詳しい情報を得られるなら、なにか依頼の助けになるかもしれない。いつもたいしたことはできないが、自分だって「やくも」に貢献したい。なにより、たまには八雲をあっと言わせたい。  安曇は力強く頷くと、青年のあとについて行くことを決めた。
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