第3話 過去編 人間の味3

1/1
前へ
/12ページ
次へ

第3話 過去編 人間の味3

(敵が侵入でもしたのか……?)  軍用拳銃を蔵人は握る。確かまだ装弾数は6発はあったはずだった。  単にネズミが動いただけという可能性もあるし、ドアのノブが締めきれていなかった可能性もあると蔵人はあらゆる可能性を考えた。  だが万が一の事を考えて、敵軍がこの野戦病院に入った可能性もあり得るとして、蔵人はあえて明かりを付けずに忍び足で、手術室に向かって歩き出した。  相手が敵軍ならば、ランプなどの明かりを付けていれば絶好の標的になるからだ。  それにしても、自分が来る前と来た後で、この野戦病院もずいぶんと変わったのだろうと、蔵人は考えた。  おそらくまがりなりにも、医療物資が不足し、食糧が不足していたとは言えど、ここは病院だったはずだ。  消毒用のアルコールの臭いは、ここに入って来た時にした。かろうじて、人間が人間であるための秩序というものは保たれていたはずだった。  それが自分が入ったことで、ここは処刑場となり果てた。  拘束して監禁していた人肉達も、おとなしくはしていたが、尿意までも我慢できるものではなく、水は飲ませていたので漏らす一方だった。  まだその悪臭が鼻にこびりついて、取れることはない。  しかし蔵人は、だからと言ってそれに対して不満はなかった。  彼の中では、元々人間は醜いものであり、欲望を満たすためなら何でも行う、野生の獣以下の存在だと考えていた。  蔵人は美形である。世の中は美形だからと言って、必ずしも得をする人間ばかりではない。  蔵人の身体は、その顔の美しさ、体の美しさゆえに目を引き、そして村の男達の欲望のはけ口になって来た。  自分からは何か重要なものがそぎ落とされてきたと、蔵人は幼少期から感じていた。  そして、人間など肉でしかなく、弱者に人権など無いのが現実なのだと、蔵人は幼少期から考える様になった。  だからこそ、正論ぶった誠一郎にこそ屈辱を与えてやりたかった。  この世の汚さを知らない、人間の汚らしさを知らない、だからこそ最後の肉にして、存分に精神的に追いつめたかったというのがあった。  そして脳を食う事で、誠一郎の思想や考えなど、所詮は強者である自分に食われるだけの存在であり、捕食されるだけの脆弱な存在であると蔵人は表現したかった。そして誠一郎の脳は、蔵人が考えていたよりも芳醇で、美味かった。  そんなことを考えつつ、聞き耳を立てながら手術室のドアを、廊下から入る月明りを頼りに遠目で蔵人は観察する。  ドア自体は締まっている。ではなぜ先ほどの音がしたのだろうかと蔵人は、腑に落ちなかった。  蔵人は霊とか悪霊とかを信じてはいない。そんなものが存在するのなら、とっくに自分は殺されていると考えているからだ。  拳銃の安全装置を外し、蔵人は手術室のドアに手を掛ける。  中には、誠一郎の脳が亡くなった死体が、そのまま横たわっているはずであり、それ以外には何もないはずだ。  それ以外に何かあれば、迷わず撃てと蔵人は自分に言い聞かせた。  蔵人はドアノブを回す。手術室のドアなので鍵は掛かっていない。多少きしむ音を立てながらドアは内側に向かって開く。  手術室そのものには窓はない。廊下から差し込んで来る月明りを頼りに、手術台を蔵人は見る。  無い。  そこにあるはずの脳を切除された誠一郎の横たわっている遺体が無いのだ。  蔵人でもさすがに状況が読めずにぎょっとした。蔵人は右手でドアを押し、左手で軍用拳銃を構えていた。  そのドアが突然もの凄い力で内側に向けて引っ張られた。  ドアノブを掴んでいた蔵人はとっさのことに対応が出来ず、そのままドアの動きに合わせて、手術室に放り込まれるような体勢になった。  そして目の前の手術台に、蔵人は顔面から直撃した。  直撃した顔面が反動で後ろに跳ね返ったところ、さらに後頭部に蹴りが直撃し、再度、蔵人の顔面は手術台に顔面から直撃した。  飛び散る前歯。  あふれ出す鼻血。    誰が蹴ったのか確認しようと振り向いた蔵人が見たのは、脳を切除されたまま、全裸で憎悪の光を目に湛えた誠一郎だった。  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加