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第1話 過去編 人間の味1
榊蔵人は、手術台にうつぶせ状態のまま全裸で寝かせてある、柊誠一郎の頭蓋骨を丁寧に医療用のノコギリで切断した。
誠一郎の頭蓋骨を解体すると、丁寧に脳が落ちないように扱い、それを皿の上に乗せた。
脳は脳漿に濡れており、殺されたばかりの新鮮さを保っているように蔵人は感じ、唾液が出て来た。
丁寧にメスを使って、蔵人は脳を切開すると、小皿に入れてある塩を少し付けて、口に放り込む。
芳醇で多少の甘みのある、カニみそに似たような味があり、蔵人の顔から笑みがこぼれた。
次は火を付けてあるフライパンに、切開した脳を入れて炒める。
蔵人にしてみてば香ばしい香りが漂い、それが尚更食欲をそそるのだった。
しばらくして、脳の味を称賛する蔵人の声が、病院内に響いた。
時代は1945年1月。ここは日本軍の敗北が決定したフィリピン前線の日本軍の野戦病院の中である。
日本軍の兵士の多くの死因は病死とされており、その中の多くは飢餓によるものも含まれている。
フィリピンでは深刻な食糧不足により日本軍は瓦解した。
野戦病院も病人を治療するのではなく、どうにか食糧を確保するために、多くの食糧を持参して来た兵士のみを病院内に入れている有様だった。
榊蔵人はそんな野戦病院に、大量の肉で作ったせんべいの様なものを持参して来た。
病院に来た理由としては、結核が酷く、なんとかして欲しいということだった。
まだかろうじて結核の薬はあったため、野戦病院は蔵人を病院内にいれた。
それが誤りだったと医師達が気づくのに、多くの時間は掛からなかった。
蔵人の持ってきた肉のせんべいにはしびれ薬の様なものが入っていたらしく、それを食べた医師や看護師は全員行動不能に陥った。
榊蔵人。見た目は20歳に届く少し前の19才であり、おそらく外見だけで言えば彼はきれいな顔立ちをしている方に入るだろう。戦場にいるためにひげをそることも出来ずに伸ばしていたが、それでも不思議な外見的な魅力があった。
そして何より特異なのは、彼の目だった。黒目が普通よりも少し大きいのだ。それが光の当たり具合によっては、彼の表情を魅力的にし、極端なことを言えば蠱惑的な印象すらあった。
その蔵人はまず病院内にいる人間を分類した。食用になる者、食用にならない者である。
入院している患者でも、外科的な治療を受けていた柊誠一郎の様な者は、食用になる者として、生かされた。
食用にならない者に対して蔵人は、銃や医療器具を使って簡単に抹殺した。
そして食用として生かしている者を縛り、監禁した。
抵抗する者を、容赦なく蔵人は抹殺した。彼は少年兵だったが戦闘技術は高く、そして人の命を奪う事に、なんの良心の呵責もなかった。
元々、榊蔵人が持ってきた肉のせんべいの様な食べ物も、彼の所属する部隊の同胞を殺して作って来たものだった。
冷蔵庫すらない野戦病院で、人肉を保冷出来ない以上、拘束して監禁した医師や看護師、病人を、効率よく蔵人は食べていった。
蔵人には医学的な知識は無かったが、医師に質問をし、食べても問題がない内臓と、食べると危険があり得る内臓を聞き出して解体をしていった。その医師も知識だけを蔵人に吸収され、解体された。
骨や食べられない内臓などのゴミは、野戦病院の北側にある林の中に蔵人は捨てた。
野生動物がそれを食べ、ハエが集まり、ウジが活発に活動し、異臭を放つ場所へと変化した。
蔵人にとっては、柊誠一郎はこの病院の中で、最後まで生かしていた人間、つまり食糧だった。
柊誠一郎は、榊蔵人より年下の17歳の少年兵だった。
柊誠一郎を最後まで生かしていたのは、温情でも何でもない。
自分と同じ年代の話し相手が欲しかったのだ。生きる希望などない事を思い知らせ、精神的にも肉体的にも痛めつけるための相手として。
誠一郎は、限界に近い状態だった。敵軍に殺されるのあればまだ分かる。まるで悪夢を見ているように、どうにか自分が発狂しないようにするのが、やっとだった。
しかしこれが2人の因縁の始まりに過ぎないとは、蔵人も誠一郎もまだ予想が付いていなかった。
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