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第16話 過去編 朝霧楓と葉月政宗2
女性が殺人術を体得するとすれば、男性と闘う場合どうしても、体格やリーチや基本的な筋力の差が出てしまう。
体格やリーチの差を補うために、葉月政宗が考えたのは、基本的な武道のベースを、超接近戦にすることだった。
そのため彼は、基本的な技や重心移動、基本動作のベースを、超接近戦の沖縄剛柔流空手にすることにした。
剛柔流空手の場合は、技も目潰しや金的潰し、鼓膜破りなどの実用的な殺人術も含まれている。
間合いを詰めるための歩法については、政宗が実戦で生み出したものを応用することした。
後は呼吸法を利用して、大宇宙に存在する気のエネルギーを丹田に集め、これを利用する事で技の殺傷力を劇的に向上させるようにする。これは政宗自身が自分の技を使う時に無意識に行っていたことだけに、これを体系化して教えるというところで、政宗自身にとっても復習になった。
ある程度理論が出来たところで、政宗は進捗状況を、姉の朝霧楓に伝えた。
「それならまず私が、その殺人術が女性リターナーが使えるのかどうか試すから、教えて欲しい」
政宗はやれやれという顔をしながら「分かっていると思うが、俺の指導は厳しい。姉さんが死ぬと多くのリターナーが道に迷うから、手加減無しで教えるが、覚悟はいいか?」と尋ねた。
朝霧楓は、もちろんと答えた。
葉月政宗と、朝霧楓は実の姉弟であり、江戸時代で一度死に、リターナーとして蘇生し生きて来た。
朝霧楓は江戸時代に遊女として売られ、浅草日本堤の新吉原で売春をしていた。当時の遊女の平均寿命は22歳と言われ、過酷な環境の下で楓は遊女の仕事を行っていた。朝霧楓がまだ15歳のころ、葉月政宗がまだ13歳のころ、新吉原に1855年に安政江戸地震が起こり、二人ともそれが原因で命を落としたのだった。
日本においてリターナーが誕生したのは、この安政江戸地震以降と言われている。
20歳以下の少年少女が、死んでも死にきれない恨みや悲しみ、無念さを抱えて死んだ場合、素質がある者はリターナーとして蘇る。そのリターナーは20歳までは加齢するが、それ以上年をとることも無く、人間の5倍から10倍の筋力やスピード、体力を持つ。そして『異能力』という特殊能力を持つ者もいる。
朝霧楓と葉月政宗は、リターナーとして蘇生してから、その正体がばれないように、名前を変え、住むところを変え、日本社会に潜んで生きて来た。
その中で生き延びていくための、知恵や術を学び、修得して来たのだった。
それは決して合法的なことばかりではなく、必要であれば非合法な手段や殺人や犯罪も、積極的ではないにせよ行ってきた。綺麗ごとだけでは生き延びてこれなかったからだ。
「それでは、今から指導を行う」
政宗と対峙して、周囲の空気がビリビリと震える感覚を朝霧楓は感じた。
目の前にいるのは今は弟ではなく、冷酷な殺人術の達人なのだ。今までにない恐怖が、楓を包み込んだ。
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