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第17話 過去編 朝霧楓と葉月政宗3
葉月政宗はその中でも、殺人術の達人であり、彼の教えは姉の朝霧楓に対しても苛烈なものだった。
朝霧楓も、護身術的に格闘技の心得はあった。
しかし今回、政宗の開発した新しい殺人術は、明らかに次元が異なるものだった。何十回気絶させられたか、何本の骨が折れたのか、何リットルの出血をしたのか、楓自身も覚えていなかった。
それでも……つきっきりで政宗が指導した3ヶ月後、朝霧楓の『斬手刀』がほんの薄皮だったが、政宗の胸筋の表面を傷つけ、鮮血が飛び散った。
「……やるじゃないか。これが出来たということは、気のイメージと呼吸法を維持したままで闘えているということだ。姉さんには実験台になってもらって悪いが、ここまで出来るとは驚いたな」
感心しながら、倒れこんだ楓をそのまま床に政宗は寝かした。
「私が……死ぬわけにはいかないでしょ? だから強くならない……と」
荒い呼吸をしながら、朝霧楓は答えた。弟が容赦なく教えるのも、それは私に死んでほしくないからだと楓は十分わかっていた。正直に言えばもう少し手加減をしろとは思ったが。
「姉さんを相手にしたことで、教える俺の方としても、もう少し体系化して教えられるようになると思う。それに男の俺だと分からないこともあるから、女性リターナーで教えたい者がいれば、優先的に教えたほうが良いだろうな。戦争のせいで何しろ連絡が取れなかったり、死んでしまった者もいると思うが、姉さんから見て、指導を受けさせたい女性リターナーはいるか?」
「……現状はまだいないわ。だけど敗戦を迎えれば、おそらくリターナーは爆発的に増えていくはず。それを見つけるようにするつもりよ。それまでは私に対して指導して、体系化出来るようにして」
血を吐きながら、楓は答えた。
「なるほどな。となると感知能力に優れた奴が必要か……。しかし、例の名古屋をリターナーの女子保護の拠点にするという事で、名古屋市の大手不動産会社の御曹司と結婚するという作戦は順調に進んでいるのか?」
政宗としては朝霧楓は複数の作戦を同時進行させているので、それも気になっていた。
「順調よ。あっちの方は私の『分身』がちゃんと動いているから。順調にいけば日本の敗戦後に挙式して、結婚する事になるでしょう。敗戦後の混乱期に時代がどのように動こうか、ものを言うのは金。金が無ければ女性リターナーの保護だって絵にかいた餅に過ぎない」
あっさりと朝霧楓は答えた。
「やれやれ。その御曹司とやらは大丈夫なのか?」
政宗は楓の怖さも知っているので、念のために確認した。
「私の見立てでは、無害な方の男性だと考えられる。ただ時代を読む力や経営的をする力が弱いので、頃合いを見計らって、私が会社の実権を握れるように準備をもう進めているところよ」
楓は、結婚というものに対し、なんのロマンも持っておらず、男性についても取り立ててなんの期待もしていない。この結婚の目的は不動産会社という企業を手に入れ、それを元に名古屋市を女性リターナーの保護の拠点にするためだった。
政宗は朝霧楓の持つ『異能力』の全てを把握している訳ではない。知っているのは『変身』という全くの他人に変身したり、リターナーにも関わらず自分の外見を加齢されたりして人間のようにみせかける能力。『分身』という自分と同じ存在を作り、思考や考えを共有する能力。この『分身』については何体作れるのか、どういう制約があるのかも政宗は知らされていなかった。
あとはおそらく楓からは聞いてはいないが、人間に対する精神操作系の『異能力』も持ち合わせているのだろうと、政宗は考えた。
きれいごとだけを行うつもりもない。それにいずれにせよ、戦争が終われば少年兵も帰ってくる。その中にはリターナーも含まれているだろう。戦中に悲惨な死を遂げた子ども達も多い。戦後に食い物にされる子どもも量産されるだろう。どれだけの悲劇の上に、リターナーは生まれるのか、この地獄の連鎖に終わりはあるのか。
(俺は出来ることをやるだけだ。あとはもう少し人員が必要だが)と政宗は考えた。政宗は巧妙に兵役を逃れていたが、リターナーにしても従軍していたり、人里隠れて生活していたり、国民が国民を監視している現状では、互いに協力することがほぼ不可能だった。
(勝負は敗戦後だな)と政宗は考える。
それは予想通りに当ったと、後で政宗は考えることになるのだった。
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