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第2話 過去編 人間の味2
柊誠一郎は、軍隊でも少年兵の癖に素行が良いとは言えなかった。
彼は元々、食糧もまともに確保できない様な戦争に参加すること自体、そして自分のような年齢の人間が参戦すること自体がアホらしいと考えていた。
しかし、同じように参戦している同胞に対しては、不思議と仲間意識があり、また働き者でもあったため、生意気ながら部隊の中では好かれてはいた。
米軍による空爆のせいで足を怪我し、その時は部隊長が食糧を持たせてくれたおかげで、野戦病院に入ることが出来た。
いずれもうこの戦争は負ける。同胞と一緒に早く帰りたいと誠一郎は思い、敗戦の判断を早くしてくれない上層部にはいい加減うんざりしていたところだった。
そのようなむしろ常識的な考えを持っていた誠一郎なだけに、蔵人によって起こされた人体の解体、人肉食の状況とは悪夢でしかなかった。
まだ米軍の空爆で殺される方が、普通の死に方だと感じる位だった。
蔵人は研究熱心でもあり、医学生でもないのに、麻酔の使い方なども医者から聞いて学んでいた。
今、この病院には拘束された最後の人肉としての誠一郎と、それを捕食する蔵人しかいない。
「どんな気分だ? ええと確か誠一郎君だったかな? これから食われるというのは?」
蔵人は楽しくてたまらないといった表情で、誠一郎に話しかけた。
「……さっさと殺せ。無駄口は要らない。お前がいつもやっていることをやればいいだろう?」
誠一郎は拘束されている自分の無力感が恨めしかった。虚勢をはっていても、内心は恐怖感や絶望感でいっぱいだった。
今まで殺されていった医者や看護師、患者たちがどれだけ命乞いをしても、蔵人は助けようとしなかった。抵抗するだけ無駄なことは誠一郎は分かっていた。だがここで下手に挑発して苦痛を酷くされるのも恐怖だった。
「いや何ね、誠一郎君。実は私一人だと、敵軍の包囲を突破して、日本軍が敗戦を認めるまで生き延びられるか心許なくてね。君を生かすことも考えているんだが、どう思う?」
蔵人は真剣な表情で尋ねた。
その蠱惑的な瞳には魅力があり、普通の状況であれば誠一郎もそれに従っていたのかも知れない。
「断る。……お前にとっては、他人は人間じゃあない。利用できるただの肉だろう? 俺を一緒に連れていくとしても、それは保存がまだ効く非常食ということだろう?」
誠一郎は吐き捨てるように答えた。こいつは信用できない。
蔵人はそれを聞いて、含み笑いを浮かべた。
「結構、結構。なるほど。まああながち間違いというわけじゃない。保存食がある方が便利というのは本当だ。君はなかなか真意を読む洞察力というものがあるな」
蔵人は感心したようだった。
「感心している暇があったら、さっさと殺せよ。この極悪人が」
誠一郎は再び吐き捨てるように答えた。こいつに殺されるのは勘に触るが、仮にこの野戦病院を脱出できたとしても生き延びられる保証もない。もうどうでも良いという自暴自棄な気持ちも誠一郎にはあった。
それに誠一郎の飢餓感も酷かった。ここで食事が出来るのは蔵人だけであり、食肉とされた人間達は水だけしか与えられていなかった。出来る事なら蔵人の喉元に食らいついて食いたい欲求すら湧いてきた。
「悪か……人は物事の判断基準というものを、善か悪かで考えがちだ。日本は戦争には勝てない。これからは戦勝国を中心とした世界になるだろう。日本は悪の国として裁かれるだけの話だ。つまりだな……簡単に言えば『強い者が勝者であり正義』なのだよ。そして今。強い者とは君らを捕食して食い物にしている私こそが正義なのだよ」
自分の言葉に恍惚としながら、蔵人は論じた。
その表情には一点の曇りもないと誠一郎は感じ、その異常性に身震いがした。
「弱者の泣き言など好きに言えば良い。誰も聞くことなどはないがな」
蔵人は恍惚としながら、クルクルと麻酔薬を入れた注射器をもてあそぶと、誠一郎に注射した。
麻酔の冷たい感覚に襲われ、それが全身に広がっていく。
誠一郎は反論する間もなく、意識は暗い中に落ちていった。
(この悪魔だけは許せない……こいつは誰のためにもならない。始末しないといけないのに……俺には何も出来……な……)
意識を保とうしても出来ない無念さを抱えながら、誠一郎の意識は闇に消えた。
誠一郎の脳を堪能したあと、蔵人は一旦寝る事にした。
時間的には夜の22時になっていたからだ。
この野戦病院に籠城して、獲物が来るのを待つ方法もあるが、誠一郎の手足を肉のせんべいにして保存食にして、出かけた方が得策かも知れないと蔵人は考えていた。蔵人は明日、誠一郎の身体を保存食にして、野戦病院を出ていく予定を立てると、早々と就寝した。
その後だった。蔵人はカチャリと手術室のドアが開く音が聞こえ、目を覚ました。蔵人は手元にある銃を確認しようと手を伸ばした。
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