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第4話 過去編 人間の味4
さしもの蔵人も悲鳴を上げそうになった。
人間は脳が無くても動けるのか? そんな話は聞いた事はなかった。
このままではまた蹴りを食らってしまうと思い、手術台に蔵人は飛び乗り、ゴロゴロと転がり、誠一郎と距離を取った。
(俺にはこれがある)
改めて自分の用意周到さに、蔵人は自分をほめたくなった。
脳が無くても動ける様な化け物にどこまで効くのか分からないが、脳が駄目なら心臓を狙えば良いと蔵人は考え、左手の軍用拳銃を構えて、誠一郎の心臓をめがけて2発引き金を引いた。
引いたはずだった。
本来なら銃声が鳴るはずの拳銃からは、何の音も出なかった。
しかも銃の重さも、いつの間にか無くなっていた。
蔵人は焦り、自分の左手を見る。
……無い。何も無い!
自分の握っていて、誠一郎に照準を向けて、引き金を引いたはずの拳銃が無いのだ。落とした覚えもない。落とせば音がするはずだし、何より蔵人が気づかないはずが無い。
蔵人がパニックを起こしながら下を見ても、そこには軍用拳銃は落ちていなかった。
(誠一郎は今何をしている?)
はっとして蔵人は改めて誠一郎を見た。
誠一郎は、軍用拳銃を右手で握り、その照準を蔵人に向けているのが、月明りではっきりと蔵人は確認が出来た。
(馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!)
蔵人は混乱と恐怖で、涙が出ていた。心臓の鼓動が破裂するように早くなる。
「お願いだ。誠一郎、撃たないでくれ。生きるために仕方なくやったことなんだ。元はと言えば食糧も満足にない状態で、戦争を続けている軍部が悪いんだ。俺もお前も被害者なんだ。一緒に無事に日本に帰れるように協力しよう。お前のいう事は俺は絶対に聞くし、お前の命令には」
涙を流しながら必死に蔵人は震えながら説得しようとした。
そんな蔵人の演説に関係なく、誠一郎の持つ軍用拳銃から発射された2発の弾丸は、2発とも蔵人の顔面に命中した。
額の部分と、口の中に命中し、それにより蔵人は絶命した。
誠一郎は無言だった。
無表情のままで、死んだ蔵人の服を脱がすと、誠一郎は蔵人の頸動脈にかみつき、血管ごと食いちぎった。
飛び出る鮮血をそのまま誠一郎は飲み干した。
吹き出る血管からの鉄分と水分の補給が終わったら、右腕の上腕部に誠一郎は噛みつき、そのまま筋肉部分を食いちぎって咀嚼した。
そのまま誠一郎は、蔵人の両手、両足を食い尽くすと、どうやら満腹になったらしく、手術室にある長椅子の上に横たわると、寝息を立てて寝始めた。
誠一郎の脳は食べたことにより、少しずつ脳の原型を復元しつつあった。
翌日、誠一郎は蔵人の死体を、蔵人の作った死体廃棄場に捨て、脳の傷の回復を待った。
蔵人の肉体を食べたせいか、誠一郎の頭は脳や頭蓋骨が再生し、頭皮から毛髪も生前と同じ様に生えてきた。
1日がさらに経過し、頭皮まで治った誠一郎は野戦病院にあった白い布を使い、白旗を作り、敵軍に降伏をして捕虜となった。
(捕虜になった方が、食糧に困らないってのは皮肉なもんだな)と誠一郎は、米軍の捕虜収容所で過ごしながら考えた。
食事として出されるコンビーフを見ると吐いてしまうため、野菜の塩漬けだけを主に食べていたが、戦場にいるのと比較して、まるで安らかな生活だった。
その後、日本が敗戦し、誠一郎は日本に帰国する事になる。
一方、蔵人の死骸が捨てられた場所では、相変わらず蠅が増え、ウジ虫達の天国となっていた。
その中から、ぞもり、ぞもりと蠢くものがあった。それは身体中にウジ虫をまとい、身体をくねらせて動く、巨大なウジ虫の様だった。
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