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「ただいま、相棒!」
「おかえり、相棒!」
綿貫さんが作った小さな隙間へ、僕はするっと滑り込んだ。
隣で僕を待っていた相棒が、元気にあいさつを返してくれた。
僕は、自分がいるべき場所に戻ってきたことを実感する。
二週間ぶりに帰ってきた我が居場所は、ほこり一つなく今日も快適だ。
相棒は、僕が留守の間も出番がなかったらしく、天からのぞく栞の形や位置は二週間前と同じだった。
僕たちが暮らすのは、F市の公共図書館だ。
僕と相棒は、『虚無に捧げる伝説の青薔薇に名前はない』というめちゃくちゃ難解なミステリー小説の上巻と下巻なんだ――。
「ねえ、それで、今回はどんな感じだったんだい?」
僕が書架に落ち着くと、いつものように相棒がきいてきた。
「五十二ページまで読んでくれたよ。まあまあって言えるんじゃないかな?」
「何言ってんだよ! 五百ページのうちの五十二ページだろ、はじめの方をぺらぺらめくった程度じゃないか! そんなの読んだうちに入らないよ!」
「確かになあ……」
今回の利用者は、ミステリー好きらしい若者だった。
僕と一緒に借りた二冊がミステリー風のタイトルだったから、多分そうじゃないかなってことだけどね。
彼は、僕以外の二冊を三日ほどで読み終えた。外出先へも持って行って、熱心に読んでいるようだった。彼の家のデスクの上に戻ってきた二冊の下で、僕は、次はいよいよ自分の出番だぞと張り切っていたんだけど――。
一週間たっても彼の手に取られることはなかった――。
「三日+一週間ってことは、あと四日で返却日じゃないか! 読み終えるはずがない! 何を考えているんだそいつは!」
「僕もそう思ったよ。難解な五百ページを四日で読了できる人間なんて、そうはいないからね。まあ、そのときは、きっと貸出期間延長になるんだろうなって思ってたんだけどね……」
ところが、彼はその後三日間、僕を放置していた――。
そして、いよいよ明日が返却日というときになって、始めて僕を手に取ったんだ。
それまでにも、スマホでゲームをしたりマンガを読んだりする時間はあったわけで、「何を今さら!」と正直思ったんだけど、借りたことを忘れないでいてくれただけましだったのかもしれない。
だって、バッグから一度も出さずに僕を返却した人間や僕をソファに置いて枕代わりに使っていた人間もいた。そういう連中は、表紙さえ開かなかったからね――。
必死になって読んでたけど、最後は寝落ちしちゃって、五十二ページまでしかすすまなかったってわけさ。
どういうわけか貸出既刊の延長はされず、僕はここへ戻ってきた。
「その理由は、カウンターへ返却されたときにわかったよ。次に借りようと思って予約していた本が届いていたんだよ。『マッチョ探偵のジム所シリーズ』全十巻! すっごい嬉しそうな顔して借りていったよ。僕を返さないと、十巻まとめて借りられないからね。でもさ、ああいうライトミステリー好きな人間が、どうして僕なんか借りたんだろう?」
「ミステリー好きにも、いろいろいるからね……。本当はライトな話が好きだけど、ミステリー好きのコミュニティとかで話題になった作品を、一応冒頭だけでも読んでおこうと思ったんじゃないか?」
「なるほどね。まあ、五十二ページ辺りまで読んでおけば、重要な登場人物が出そろうし、作品について何かしらコメントすることはできるだろうね」
「どうせコミュニティのほかのメンバーだって、ほとんどが読了してないんだろうさ。みんな誰かが投稿した感想やコメントを読んで、適当にミステリー談義ごっこしているだけだよ」
「僕らって、本当に不遇だよね」
「まったくね」
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