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僕と相棒は、四年前にこの書架へやって来た。
来たばかりの頃は、ここでじっとしている暇もないほど、年がら年中僕は貸し出されていた。書架に相棒を残して出かけることもあったし、二人揃ってということもあった。
『虚無へ捧げる伝説の青薔薇に名前はない』は、十年近く前に発表された作品だ。
だけど、その頃、ある人気ミュージシャンがインタビューで好きな作品としてあげたことで、突然注目を集めることになったそうだ。(これは、僕を段ボール箱から取り出すときに、綿貫さんが言ってたことだけどね)
問い合わせがあいついで、新しく購入した図書館は多かったらしい。
でも、ブームはあっという間に去ってしまった。
一年後ぐらいには、僕たちが書架から出ることはほとんどなくなった。
何しろ難解すぎて、上下巻共に読了できる人間は滅多にいないようなのだ。
相棒の話によると、彼を最後まできちんと読んだ利用者はまだ現れていないとのことだった。事件の結末を知りたくて、ときどき始めと終わりだけ読む人間がいるが、それは読了には入らないよ。
「最近は、『ネタバレ動画』とかで、ミステリー小説の展開や犯人を勝手に暴露する人間もいるからね。アウトラインが知りたいだけなら、読む必要はないのさ」
「読まなくても読んだつもりになれるってことか……。僕たちの存在意義って何だよ?」
「まあ、いいじゃないか。君なんて、一時は『予約待ち』が発生するほどもてはやされたんだから……。僕なんて、『予約取り消し』を何度経験したことか!」
基本的に上下巻の小説は、まず上巻を読んでから下巻を読むということになる。
上巻を読み終わっていない、あるいはまったく読んでいないのに下巻を読もうなんて人間はまずいない。
だけど、上下巻を同時に予約しても、同時に借りられるとは限らない。
確保できたものから順番に貸し出されるから、下巻が先になることや上巻だけになることもある。そして、上巻の読了を諦めた人間は、下巻の予約を取り消すことが多い――。
「あーあっ! また、誰か変わり者の著名人が、愛読書として『虚無へ捧げる伝説の青薔薇に名前はない』を紹介してくれないかなあ!」
「そういうことがあったとしても、もう僕らの出番はないかもしれない。文庫版が発売されたらしいからね」
相棒のクールな言葉に、僕はますます絶望的な気分になった。
僕たちがもてはやされていた頃、出版社は「今がチャンス」とばかりに、『虚無に捧げる伝説の青薔薇に名前はない』を全五巻の文庫版として発売したそうだ。文庫本は、専用の書架に収められるから、残念ながら僕は彼らを見たことはない。
綿貫さんの話では、文庫版の方がずっとコンパクトで軽いから、僕たちよりも需要があるらしい。
文庫版が普及し、このままずっと借りられない状態が続けば、僕たちは「閉架書庫」行きとなり、やがては「リサイクル本」か「廃棄」という道をたどる――。
どう転んでも、この心地よい居場所からは追い出されるということだ。
僕たちの先行きに、今のところ光は見えない――。
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