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翌日から、特設コーナーの準備が始まった。
依田さんは、ちょっと変わった書体を使って、「秋の夜長は、難解ミステリーにチャレンジ!」と段ボール板に書いて、展示タイトルのパネルを作った。
僕たちには、依田さんが書いた激アツな帯がつけられ、ダークブルーに銀色のペンで書かれた、ミステリアスな雰囲気漂うポップが添えられた。
展示台の上には、植物風の織り柄がある灰色の布が敷かれ、僕たちはその上に並べられた。
依田さんは、物語のキーアイテムの一つである知恵の輪をどこかで買ってきて、僕たちのそばに置いた。
周囲を見回すと、僕が始めて見る本たちが、誇らしげに表紙を光り輝かせていた。
彼らも僕や相棒と同じように、書架でぼんやりと借り手を待つ日々を送ってきたのだ。
タイパとか時短とかが重視される時代に、難解な長編ミステリーは、「長い」「厚い」「重い」などと言われ、いつも書架の中で肩身の狭い思いをしてきた。幅はとっているけどね――。
だが、とうとう僕らが主役となる企画が実現したのだ。
僕らは、ドキドキしながら特設コーナー公開の日を迎えた。
パネルや帯、ポップの宣伝効果は大きく、多くの利用者が特設コーナーに立ち寄ってくれた。依田さんが集めてきた作品に関連するグッズも、なかなか好評だった。
僕たちは、手に取られカウンターまで運ばれる仲間を、激励の気持ちを込めて見送った。
(『あとがき』まで、きっちり読まれて帰ってこいよ!)
(ページも折れていないし、栞も出荷時のままだ。自信を持って行ってこい!)
(見返しの著者サインも必ず見てもらえよ!)
そして、とうとう僕と相棒にも奇特な利用者との出会いの瞬間が訪れた。
それは二十代前半のカップルで、男性の方は例の大学教授が探偵役を務める人気シリーズを二冊手にしていた。彼は、たぶんミステリーファンなのだろう。
僕の帯やポップを真剣に読んでいる女性に、男性が声をかけた。
「ねえ、綸子。それって超難解だから、おまえには無理だと思うよ」
男性はミステリーファンかもしれないが、余計なことを言う小憎らしい奴だった。
「えっ? でもさ、これ何年か前にFがインタビューで、『好きだ』って言ってた本だよ。Fって、すごく刺さる歌詞書くじゃない? きっとこの本も、グッとくる内容なんだよ」
(そうだ! 長くて厚くて重い小説だけど、絶対にグッとくるよ!)
僕の声にならない叫びが届いたのか、綸子さんは、僕に手を伸ばし持ち上げようとした。
ところが――。
「おもっ!」
「やめとけよ。持ち上げるだけで重い本を読めるわけないよ。どうしても気になるなら文庫版が出ているはずだから、そっちを借りた方がいいよ」
「なんだ、文庫版があるの? 早く言ってくれればいいのに……。検索してみよう!」
「うん」
二人は、僕を置いて検索機の方へ行ってしまった――。
まったく、あの男! 余計なことばかり言って――。
その日は、僕と相棒が貸し出しカウンターへ運ばれることはなかった。
いや、その日だけでなく、次の日も、その次の日も僕たちを手に取る利用者は現れなかった。
特設コーナーもいよいよ明日で終了という日、ようやく二度目のチャンスがやって来た。
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