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読書好きな高校生風の女の子が、熱心にコーナーの本のポップや帯を読んでいた。
僕に気づいたとき、明らかに彼女の顔色が変わった。
彼女の顔に浮かんでいたのは、探していた物が見つかったときの喜びの笑みだ。
彼女は、嬉しそうに手を伸ばし――僕の相棒を持ち上げた!
「相棒!?」
「相棒!?」
これは何かの間違いだ!
あの子は、読書好きな女子高生のくせに、「上」と「下」の漢字の区別もできないのか?
いや、きっと見間違えたんだ!
早く気づけ! そして、僕を取るんだ! 僕こそが、上巻だ!
だが、僕の思いは届かず、彼女は相棒を貸し出しカウンターへ持っていってしまった。
カウンターにいた依田さんが、帯を外そうとして気づいた。
「あら、これ下巻ですけど、上巻は必要ないですか?」
さすが依田さんだ、よくぞ気づいてくれた!
ぼくはここにいる、女子高生よ、早く相棒を連れて戻っておいで!
「ああ、上巻はいいんです。下巻だけを借りたいんです」
依田さんは、きょとんとした顔をした。僕だって、きょとんとした顔をしたい気分だ。
女子高生は、ちょっと決まり悪そうな顔になって事情を丁寧に説明し始めた。
「先日、駅前広場の古書市で、『虚無へ捧げる伝説の青薔薇に名前はない』の上巻だけ買ったんです、とっても安くなっていたから。下巻も探したんですけど、見つからなくて買えませんでした。上巻はもう読み終えたので、下巻だけ借りられればいいんです」
「ああ、そういうことですか……。上巻は、どうでした?」
「面白かったです。昨日読み終えたんですけど、続きが気になって――。だから、今日ここで出会えてすごく嬉しかったです」
読まれたのは僕じゃなかったが、彼女にそう言ってもらえて僕も嬉しかった。
そして、この子ならきっと相棒も最後まで読んで、幸せそうな顔で返却しにくるんだろうなと思った。
「ただいま!」と言いながら、相棒が晴れがましい様子で居場所へ戻ってくる日を、僕は書架で静かに待っていよう――。
二週間が過ぎた――。
相棒は、まだ戻ってきていない――。
最後の一ページまで読むために、貸出期間を延長してもらったんだろう。
きっと――。
さらに二週間が過ぎた――。
相棒は、まだ不在のままだ――。
雨の日が続いたから、本が濡れることを心配して彼女は来ないのだ。
きっと――。
さらに一か月が過ぎた――。
相棒は、どうなってしまったんだろう――。
昨日、依田さんが書架を見て、「返却要請のメールを出さないと」と言っていた。
おーい、相棒! 君は、まだ存在してるよね?
ほかの本に混じってリサイクルに出されたり、又貸しされたりしてないよな?
どうか、早く帰ってきてくれ――。
だって、君が戻ってこなければ、間違いなく僕の閉架書庫行きは早まるんだ。
上巻だけになった超難解ミステリーなんて、それこそ誰も手に取らないからね――。
相棒よ! どうか君の「ただいま!」を一刻も早く僕にきかせてくれよ!
ん? 今、このぼくの独り言を読んでいる君!
まさか、あの女子高生じゃないよな?
これを読む暇があるなら、早く図書館へ来るんだ!
そして、相棒を俺の横へ返してくれよーっ!
―― お し ま い ――
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