空々と虚ろ

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       ◇  おれにはまず、弟がいる。正確には、……「いた」。もう既に、帰らぬひととなってしまった。あいつ自身の、大事な「友人」を守って。  ――ただな。ここは少し、「ん?」となるかもなんだが。  おれの弟が死んだ原因もまた、その「友人」だ。  弟の名は、雨槌璃空(あまつちりく)という。おれと同じで、良い名を付けられたもんだ、と思う。そこはまあ、ありがたい。  だが念を押しておこう。おれらの両親は根っからのクズだ。  クズ……というか、小悪党といった方が正しいかな。どっかから金を盗んだとかで、おれらを置いて夜逃げこきやがったんだ。  おれは幸い、もう中学を卒業して働いてたんで、年の離れた弟にランドセルを背負わせることができた。まあ、おれの稼ぎだけじゃなくて、めっぽう放任主義の伯父からの仕送りもあったし。  そんなわけで、おれは両親に対して、何ら特筆すべき感情など持っちゃあいない。過去についてうだうだと文句を垂れるよりかは、目の前で暮らすかわいい弟を、どうやって守っていくか、ということが先だったし、すべてだった。 「若い親御さんねえ」 「あ、兄キです〜」 「たいへんねえ」  そんな何ちゃない会話をしながらの、授業参観の帰り道。 「お兄。ぼくね、写真撮りたい」  ふと弟が言ったので、おれは耳を傾けた。 「どうして?」 と訊く。  興味の深掘りをさせるのは幼児にとって良いことだと、某保育雑誌に書いてあったからだ。 「夕やけの写真をね、とりたいの」  見せたい子がいるの。 と恥ずかしそうに、もじもじとしながら言うので、おれは正直、 「はっは〜ん?」 となった。いや、早いな。好きな女の子へのプレゼントが写真とは、こいつは素質があるぞ、とにやついていたら、弟が 「あ! あの子だよ」 と遠くを指差した。 「どれどれ――」とそちらを向いて、自分の顔が引きつるのを感じた。 「……マジ?」  その指の示す方向にいたのは、……「あの」有縞家の、子供だった。  クラス名簿の画像を頭の中で辿ると、やがて彼に行き着いた。長い黒髪が風になびく様子が、どこか不吉さを醸し出す、弟と同じクラスの男の子。  有縞鏡(ありしまきょう)。……呪いの名家として、この地域では誰もが近寄りたがらないくらいに名が知られている、有縞家の子供。  家族構成などははっきりしていないんだが、なぜかこの子だけ隠遁生活を送らずに、普通の学校に通っているのは知っていた。  まさか、弟と関わりがあるのか。  そう思った。 「……あれ、キョウくんだよね? 仲、良いの? リク」 「うん! 今日話したの。おもしろかったよ」 「そうか」  口元に持っていった手の下から、大きな溜息を吐きそうになってしまった。大丈夫だろうか。  うちの弟に何かあったら、とどうにも気がかりだったので、おれは友人に相談してみることにした。  おれなんかよりも、数千倍は頼れる友人だ。
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