空々と虚ろ

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      ◇  教室の隅の方で、鏡が何かしていた。 「どうしたの」  声をかけると、こちらを見、笑う。 「何だ、璃空か」  初めて出会ったとき、長くて暑そうだな、と思った濡羽の髪は、もっと長く伸ばして後ろで括っていた。そのせいか、後ろ姿だとすごい美女にだって、たまに見えてしまうことがある。真白い首のあたりを見ていると、変にどきりとしてしまうくらいだ。 「ランドセル、置いたら? 今日、ピアニカも入れてるから、重いでしょう」 「うん。そうだね、ありがと」  棚にランドセルを置き、鏡のところに戻る。どうやら、クラスで飼っている金魚に、彼は用があるみたいだった。 「……それ、お札? 何してるの?」 「金ちゃんたち、体調悪そうだったから。これで治せるかな、と思って」  何やら紫色で模様の描かれたお札を、ぺたぺたと水槽に貼りつけている。にっこりと笑う彼の目元には、うちの近所のばあちゃんみたいなしわが浮かんでいた。よく、そばの畑でとれた野菜をおすそ分けしてくれる、良いおばあちゃんだ。 「おい!」  ちくちくした声が、教室前方から飛んできた。そちらを振り返る。クラスのガキ大将が、机から降りて来るところだった。 「うちで飼ってる金魚、呪いヤローが呪い殺そうとしてるぜ! いけねえよなあ、みんなぁ?」  周囲のクラスメイトを見渡す。ふだんは事実上の長として権力をほしいままにしている彼も、鏡のことが絡むとどうもふるわない。本人もそれを苦々しく思っているらしい。舌打ち。 「大虎くん、何回も言ってるけれど、せんせいの机に乗っちゃだめだよお」  おまけに鏡がのつく天然なので、いくら突っかかっても効果はほぼないと来ている。イラつくのも当然だ。オレもイラついてるし、今。 「鏡、やめとけって」  小声でたしなめる。どこ吹く風といった感じで、鏡はゆらりと身体を揺らし、大虎たちの方に歩いていく。というか、本当に何ひとつ気づいてないんじゃないか、鏡のやつ。 「……何だよ。近づくなよ! えんがちょするぞ!」 「じゃあ近づかないよ。でも、机に乗るのはだめだよ」 「…………」  大虎が考える素振りを見せたあと、にやっ、と笑って、不意をつくみたいにして机から飛び降りる。がたたっ、と大きな音がして、鏡の肩がびくりと跳ねた。足音を立てて身動ぎしない彼の前に走り寄り、勢い良く頭を掴む。 「!」 「鏡!」
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