空々と虚ろ

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 強い力が加わったことで、鏡が体勢をくずした。背のひときわ高い鏡は、黒板前のステップあたりでたたらを踏み、前の席、つまり、……大虎の机に、どかりと腰をかけたような形をとらされてしまった。 「あいたた……」 「お前だって座ってるじゃんか。なぁ」  ぴしゃ、と音。数拍遅れて、横髪の隙間から覗く鏡の左頬が真っ赤になった。 「同じことお前もしたんだから、悪いのはお前の方だ」  臨界点を超えたらしき眼が、鏡の全身を舐め回す。 「お前の家族はひとを呪い殺してるんだ。母ちゃんも、周りのみんなからも、そう聞いてるんだからな。水槽にヘンな札なんか貼りやがって。金魚をどうするつもりだったんだよ、この人殺し」  沈黙。窓ぎわの女子が、小さく、何で先生来ないの、チャイム鳴ったよね、と呟く声が聞こえた。  うふふふふ、と笑い声。 「何がおかしいんだよ! このイカレヤロウ!」  胸ぐらを掴まれて、二、三回むせる。それでも、鏡は笑っていた。 「いやあ、ごめんねぇ、と思って。璃空にね」 「……は?」  いきなり自分の名前が出たので、ちょっと驚いた。でもそれ以上に、……何かおかしい、今日のアイツは。  周りの机にぶつかりながら、詰め寄られている鏡のもとに駆け寄る。頬を赤く腫らした横顔が、こちらを向いた。  いびつだった。  無表情。  なのに眼は笑っていて、更に不可解なのは、……その張られた横っつらを冷やすみたいにして、涙が幾筋も、そこを次々伝っていたことだった。  白い顎先から、ぽたり、ぽたり、と涙が垂れていく。 「今まで僕は、なんとか何ともなく、ここでやってこれていたけれど、もう、……駄目みたいだから。璃空。ごめんね」  ひとつ言葉を切り、鏡が息を吸い込んだ。滞留していた空気が、ふわり、と彼を囲むように集まる。カーテンがバサバサ、とはためく。 「明日からはもう、僕と話さなくて良いから」  そう言い、オレの胸を軽く押す。中央に風穴の空いたような錯覚。教卓にぶつかる。 「ぐっ!」 「雨槌! てめー! このっ……!」 「その通りだよ!」  鏡が叫んだ。 「金ちゃんたちの水槽に貼る札、あれ、間違った効果のやつね、貼っちゃった! 剥がそうにもね、もう、遅いや」  息を吸い込む。台風の夜の、風の唸るような悲鳴が聞こえた。 『――屠祝(とはふり)』  風が止む。誰かが悲鳴を上げた。床に衝撃。  金魚は、一匹残らず浮かんで、……死んでいた。
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