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おどけた風にして訊く。返事はない。ただ、まじまじと、こちらの瞳を覗き込んでいる。
「え、まあ、美人だなぁって思った。そんな近づくなよ、だから、照れるというか――」
「そんな莫迦なことを訊いているのではない。これだから人間は」
はあ、とわざとらしい溜息をつき、離れる。耳たぶが少し赤くなっていた。まんざらでもないらしかった。
「容姿なら、あとでいくらでも褒めろ。二回以上この部屋に訪れて、かつ一度も怒って帰らなかった阿保は貴様くらいだからな。私も幾分、気分が良いのだ。貴様と話している時は」
ああくそ、と棒読み口調で言って椅子を軽くけっとばしたあと、「それはともかく」と続けた。
「私のような明らかに周囲から浮いている存在ならともかく――この場合、性格の方もだが――あの子を見たとき、危険そうだと感じたのか? 貴様は?」
「……」
「周りからの風評を鵜呑みにし、初めて自分で見つけた友と引き離すというのは、かなりの愚策ではないかと思うがね。親代わりとしては」
「……」
弟がうれしそうに指差していた、あの子の風貌を、思い出す。
バス停留所のベンチに座り、夕空を眺める姿。歩いてきた野良猫を抱き上げ、ひざに乗せてゆっくりとなでている姿。
「ヤバい奴には見えなかったな」
「そうだろう」
良い子だよ、あの子は。
しみじみと言い、口元に手を持っていく。その仕草は、微笑んでいるようにも、失言をたしなめているようにもとれた。
「ま、とにかくだ。引き離すのはやめておけ。それが貴様の弟にとっても良いだろうし、あと多分、鏡のためでもある」
「鏡――あの子の」
「そうだ」
キヨが立ち上がり、意地悪い顔をしてこちらを見た。ニヒルに片頬だけで笑み、ぴん、とおれのデコをはじく。
「途方も無いお人好しの貴様でさえこうなのだから、周りからの評判など、推して知るべしとすら言い難い。せめて貴様の弟でも、そばに置いといてやれ」
「……おう」
頷く。キヨは「それがいい、きっと」と言い、近くにあった冷蔵庫からサイダーを取り出した。
「ポテチもあるぞ。煎餅とどっちが良い? スミちゃん」
「ご機嫌なのは分かるんだけどな。その呼び方、ちょっとドギマギするからやめてくれって、いつも言ってるよな?」
「阿保が。誰がやめるか。私のただ一人の親友なのだから、どう呼ぼうと私の勝手だろうが」
こいつと友達になったおれの方が、ある意味災難だったのかもしれないな、なんて考えながら、とりあえずと開けられたポテトチップスをつまむことにする。
そう言えば、キヨの部屋にはいつも、お気に入りらしいしお味の三角コーンスナックが一つ、二つは転がっていた。あと空箱も。こんなスピードでスナック菓子をぱくついておいて、よく太らねえよな、と少し笑いが洩れた。
「うまいだろう。もっと食え」
「お前が言うそばから取りまくってるんだろ」
しばらく、パリパリ、ムシャムシャ、という咀しゃく音だけが空間を漂っていた。
ふと思ったことを、口にする。
「なあ」
「何だ」
顔を上げる。訝しげな目。
「有縞家って、その、……実際には、どんなとこなんだ?」
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