空々と虚ろ

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       ◇  その日は昼で学校が終わりになった。  怒りくるった大虎が鏡のことを何回も殴り、鏡は保健室に連れて行かれた。  金ちゃんたちをかわいがっていた生活係や女子たちが泣きまくって、とても授業どころではなかった。  といっても、事なかれ主義(嫌な日本語だ。鏡のあの涙は、絶対になかったことになんてなるはずない。させてたまるか)の先生は、職員会議を緊急で開いて、どうオトシドコロをつけるかを話しに行くらしい。  帰り支度をしていると、クラスの女子が歩み寄ってくる。日頃あんまり人と話してなくて、隅っこで本を読んでいる子だ。 「ねえ。……有縞くんって、もう、帰っちゃったの?」 「え、……分かんない」  手を引かれて保健室に行ったきり、鏡はこの教室に姿を見せていなかった。  途中で、担任の田中先生が荷物を取りにきたけれど、それっきり動きはなかった。 「確かめた方が良いよ」  真剣な声で、彼女は言った。  彼女のいつも曇っているメガネの奥を見たのは、これが初めてだったかもしれなかった。 「雨槌くんに、ごめんね、っていってたじゃない。でも、金魚のことで、大変なことになっちゃった。あの、あの、えっと」  人と話すことに慣れていないのか、視線がうろうろと泳ぐ。 「あのね。――多分私たち、これから、有縞くんと話しにくくなると思うの。だから、雨槌くんがいないと、有縞くん、もっと辛くなる――」 「ちょっと、千奈(ちな)」  名を呼ばれ、彼女は動きを止めた。肩をちぢこまらせ、そちらをうかがう。  ズバズバと遠慮なく物を言うリーダー格の女子とその取り巻きが、地味な女子――千奈のことをじろりと睨んでいた。 「余計なこと、言わないでよね。……あんなことしたんだもん。おかしいでしょ、あんなの。コワいし」  取り巻きたちが周りで、 「てか、呪い? って本当にあったんだね。うちらも狙われたらどうしよー」 「やだー、死んじゃう」 などと言って笑っている。  こんなに性格が悪い奴、このクラスにいたっけ。そんな言葉が脳裏を掠めて、心の中でそっと、自分の口にバッテンテープを貼る。 「あんたも近づかない方が良いよー、絶対さあ。あんたさ、分かるんだよ、あいつに、――気に入られてんでしょ」  ぐっ、と、目に力が入ったのを、自分でも感じた。 「コワっ。にらまないでよね」  そう鼻で笑って、続ける。 「あんたも今はオキニだけど、あきられたり、気に食わないことうっかりしちゃったら、……絶対、ああなっちゃうから」  金魚の水槽があったあたりを、ぴっ、と指差す。その手がよく見ると、震えていた。  それで何となく、ああ、「こわい」ってのは本当なんだな、と、気づいた。 「……ひとつ、言っていい?」 「は?」  首を傾け、きゅ、と上ばきを鳴らす。何それ、言ってみなよ。声が苛立っている。 「あんたらはチキンだから、ごていねいに忠告してくれたんだね。でも、オレはこわくない。アイツは、――鏡は、オレの親友なんだから」
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