空々と虚ろ

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 金魚とかお前らと、同等なわけがないだろう。  引きつっていく相手の顔を見ながら、言いすぎたかな、とも少し思った。でも、向こうも散々言ってたしお相子だろう、と自分でオッケーを出す。 「それに、気に入られてる、って言ったけどさ。――気に『入られてる』だけじゃない。オレが、鏡から。オレも、鏡のこと、すっげぇ気に入ってんだから」 「…………キモっ。勝手にしなよ。ウチら、知らないかんね」  取り巻きがはやし立てる。 「唯花ちゃんもだけどさあ。大虎くん怖いから、気をつけなねー?」 「殴られちゃうかもよ〜? さっきの、有縞くんみたいにさ?」  一瞬、誰かにシャッターを切られたような気がして、目をしばたたく。何だろう。まあいいや。向き直る。二人に。  彼女らの顔から、一秒毎に笑いが、順を追って消えた。喉から出てきた声は、今まで一番近くにいたオレでも聞いたことがない位に、低かった。 「次言ってみろ。……大虎のクソなんか、虎の毛皮被った猫にしか見えなくしてやる」  ガタガタッ、と後ろで、机の揺れる音が響いた。うわっ、と驚く声が聞こえる。成り行きを見守っていたクラスメイトが、数人、目を丸くしてこちらを見ていた。  その中に学級委員長の姿を見つけ、彼の方に向かう。オレも一応、参考人ではあるから呼ばれるかも、と彼から言われていたのだ。  田中先生についていってたはずなので、もう終わって、戻ってきたのだろうと思う。  近づくと、二、三歩後退された。丸いレンズの奥からこぼれ落ちそうになった目が、きょどきょどと動きオレに焦点を合わせる。 「三貴君、カイギ、終わった? 戻ってきてたんだね」 「あ、え、うん」  こくこく、と速いリズムで数回、小刻みに首を縦に振る。いつも堂々としているイメージの彼からは、多少かけ離れた動きだった。 「今、終わったとこ。……だいじょうぶ? えっと……あー……芝野さん達に、詰め寄られてるように、見えたから」 「大丈夫だよ」  軽く首肯し、尋ねる。 「オレ、もう、帰って良いって?」 「う、うん」  三貴君は軽く目を伏せ、言った。 「あの、……気をつけてね」 「何に?」 「えっと、分からないけど、」三貴君は口ごもりながら、言う。 「少なくとも、有縞君に、とはどうしても、ボクは、……言う気にはなれない」 「そうか」  微笑む。 「ありがとう、心配してくれて」  ランドセルを棚から取り、教室を出る。後ろ手にゆっくりとドアを閉め、ひとつだけ深呼吸をしてから、――走り出した。
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