天使

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 あれ? 佐藤さんの頭の上に羽根が乗ってる。  三つ編みにするために髪の毛を両側に分けた部分。ちょっと地肌が見えちゃう、そんな場所に、羽根が一本ちょこんと乗ってるのが見える。  うーん、カラスの羽根じゃないし、ハトの羽根でも無いよな。まるでガラス玉のようにキラキラしているし。あんな羽根を持ってるトリ、いたっけ。    教室の最前列の席で、先生が黒板に書いている生物の絵を一生懸命に写しているのか、黒板と自分のノートを見比べるたびに小刻みに揺れる三つ編みの頭と、それに合わせて動くキラキラした羽根。  休み時間には、女の子同士で集まって、流行の服装や推しのユーチューバーの話でペチャクチャとお話しする、わけでもない。一人で静かに文庫本を読んでいる、そんな、クラスの中では普通にいる目立たないメガネ女子の一人。    さっきのお昼休み、別の建物にある図書室に行くときに、屋外に出たタイミングで鳥の羽根が落ちて来て、偶然に乗っちゃったのかな。  先生の授業が面白くないから、食後のお昼寝に入ろうと思ったけど、ゆらゆらと揺れる羽根が気になって眠れないぞ。  うん。そんなことよりも、もっと気になるのは、誰も佐藤さんの頭の上にある羽根を不思議に思っていないらしい──  とくに、クラスで一番のおちゃらけ者である田中。  先生が不注意で間違えたり、クラスメートがほんの少しでもとちったりすると、すかさず突っ込みを入れるヤツ。そんなヤツが、佐藤さんの髪の毛の上の羽根を見逃すわけがない。  あいつなら、ここぞとばかりに面白い突っ込みを入れて、クラス中の笑いを誘うはずなんだけど。  それに、さすがに。目の前で自分の授業を一生懸命聞いている女子の頭の上にちょこんと羽根が一本乗っていたら、取ってあげるか、注意するよな、まともな大人なら。  確かにクラス中を見渡すと。  先生の授業を聞いて板書の中身をノートに一生懸命書いている女子と、午後の眠気に一生懸命耐えている男子と、すでに睡魔に襲われて机を枕にしている男と女、しかいない。  でも、授業は淡々と進んでいく。まるで、佐藤さんの頭の上には何も乗っていないかのように。  どうしよう、もしかしたら佐藤さんの頭の羽根が見えているのは僕一人かも。  まさか、佐藤さんはこの町に遣わされた秘密組織の一員で、学校をアジトに何か悪いことを企てているとか? それでコードネームは、フェザーウーマン。いやいや、まてまて。こんな町に来ても秘密組織にメリットなんかないだろう。  それとも、頭の羽根をつかんで魔法の呪文を唱えると、おとなしいメガネ女子がミニスカートにラメの入ったド派手な衣装を着こんだ魔法少女フェザーちゃんに変身するとか。  どうしよう、こんなチョー大事な秘密を知ってしまったら、秘密保持のために消されてしまうか、記憶を抹消されちゃうよ。  仕方ない、こうなったらバレる前に佐藤さんと親しくなって、仲間になるしかない。まあ、佐藤さんておとなしいモブ女子だけど、僕の好みのど真ん中だから、思い切って『付き合ってください』って告白しちゃえ。そうすれば、大事な恋人を消したりはしないはずだよね。  よし、善は急げだ。今日の放課後に彼女を校舎の裏に呼び出して、好きです付き合ってください、と強引に迫っちゃおう。  * * * 「天使長、良さそうな男子が引っかかりましたよ! 予想通り」  50インチぐらいのモニターで、今までの経緯を盗み見ていた天使Aが、後ろを振り向いて、ひときわ高い位置に座っている白い髭を生やした貫禄のある老人に告げた。 「うむ。やはりワシの言ったとおりだろう? おとなしい女子に天使の羽根を植え付けて、その羽根が自分にしか見えないようにすれば、若い男子はその女の子が気になって交際してしまうのじゃよ」  天使長は、満足そうに答えて、白髭に覆われて見えない口角を上げる。 「人間にはキラキラした羽根にしか見えませんが、まさかあれが天使の卵だとは気が付きませんものね」  天使の卵に『愛する気持ち』が注がれると、やがて成長しふ化し、愛を持った天使が生まれるのだ。  こうして今日も一組のカップルが生まれ、やがて天使の卵もふ化する──だろう。 (了)
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