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「…へ」  太陽に背を向けた顔が暗くその表情を隠してしまう。私は戸棚に手をかけたまま、目も離さずにいた。  ひたり、音もなく一歩を踏み出した彼との距離は気付けばすぐに触れられる近さにまでなっていて、それでも総輔は何も言わず私の背後で口の端をきゅっと結び立っている。 「…そ、すけ…?」  何を考えているのか全く読めない瞳が意思疎通を望まない様子でただこちらを眺めている。  その不気味さにすっと足元から冷えていく感覚を知っていた。これは、あの日総輔の仕込んだGPSアプリを見つけた時と同じ。  温度のない眼差しに呼吸すらも忘れていた。  止まっていた数秒間にも世界はしっかり機能していたようで、見下ろす冷たい瞳が一瞬揺らいだかと思えば、ふ、と力なく薄められ口の端が上がるのを見た。 「冬華のお姉さんって六花だったんだ、びっくりしちゃった」  ぱあ、と花が咲いたように明るい声。  総輔の頬にできた小さな窪みがほくろと重なれば、付き合っていた当時と同じ笑顔が現れた。 「は…」  驚いた。  いきなり真顔で近付いてくるものだから、心臓が嫌な跳ねかたをした。 「思わず他人のフリしちゃったけど、合わせてくれてありがとう」。  そう言いながら私の手から新品の布巾をするりと奪えば、テーブルの上に出来た小さな水溜りを拭く。  私はそれを立ち尽くし見ているが、はっと我に返り口を開いた。
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