172人が本棚に入れています
本棚に追加
「びっくりしたのはこっちだよ…っ私のことは忘れてるんだと思ってた」
几帳面に、水滴ひとつ残らないよう拭き取っていく骨張った手。それを目で追いながら私は落ち着かず自分の髪に触れた。
総輔は相変わらずテーブルの上を滑らせる布巾に視線を落としたまま告げる。
「忘れないよ。忘れたくても、六花が強烈すぎて忘れられない」
「ちょ…何それ、なんか馬鹿にしてる」
冗談を笑い飛ばすように「あは、してない、してない」と笑う横顔に募る懐かしさ。こんな風にいつもふざけ合っては時に真面目に向き合ってくれたこと、今も覚えてる。
「…あの時はごめんね。俺、どうかしてた」
ふいに呟いた総輔は、拭き終えた布巾を丁寧に畳み私に手渡した。それはあの頃と同じ、あたたかい手だ。
真っ直ぐ重なった視線の先に彼の慈悲深さが窺える。私自身、それに甘えていた過去が今も胸のどこかでつっかえていた。
「あの時は六花のことが好きだから、見守ってるつもりだった。重かったよね」
ごめん。
そう付け足し深く頭を下げた総輔。
私としては、もう全て過去のこと。終わったことだ。
目の前で下がったままの頭を撫でようとしてやめた。この人はもう冬華の彼氏、一線は絶対に引いておくべきだから。
最初のコメントを投稿しよう!