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 それからの数十分、玄関にスリッパを用意したり使い捨ての歯ブラシをセットしたり、亡き父のパジャマをクローゼットの奥から引っ張り出したりとそれなりに忙しく動き回っていれば、玄関の扉が開き「ただいまぁ」と声がした。  玄関では頭に雪を被った2人がコートを脱いでる最中で、私に気付いた総輔が「すみません、お邪魔します」と深々頭を下げる。 「大変でしたね。コート乾かしておきますよ」  受け取ったコートはずっしり溶けた雪が染み、ぽたぽたと水滴が垂れる。ふわっと鼻を掠めるあの頃と同じ総輔の香りに気付いても、反応を見せずしれっとハンガーに掛けた。  その横で自身のコートを掛けていた冬華がこそっと近寄り告げるのは、何よりも先に感謝の言葉だった。 「お姉ちゃん、急なお願いだったのに許してくれてありがとう。大好き」 「いいよ、仕方ないもん。そのかわり私の前であんまりイチャイチャしないでよ?」 「あは、はーい」  上がった口角は上機嫌の表れ。私もいるとはいえ、大好きな彼氏と一緒に過ごせる時間が長くなって嬉しそうだ。 「もうすぐお風呂のお湯溜まるから、順番に入っちゃって」  はぁい、と返事をした喜びが滲み出ている冬華の背中。リビングであたたまっている総輔とどちらが先に入浴するかでお互いに譲り合った後「冬華に風邪を引かせたくないから」と粘り勝ちしたのは総輔だった。
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