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 ……ち、ち、と時計が秒針を刻む音。  冬華と総輔が並んで座り、テーブルを挟みその向かい側に腰を下ろした私は居心地の悪さからティーカップに口をつけた。 「(本当に、総輔……?)」  湧き立つ紅茶の湯気越しに、マスクを外した顔をまじまじと凝視する。少し垂れた目にちょうどえくぼと同じ位置にある小さなホクロ…他人の空似ではなさそう。  まず第一に、江間なんて珍しい名字はそういない。名前だって確かに総輔と言った。目の前にいるのは、間違いなく過去に付き合っていたあの総輔なのだ。 「ふふ、お姉ちゃん、緊張してる」  ふいに口を開いた冬華は、無邪気な笑顔を見せた。続けて「朝からずーっとこんな調子なの」と隣に座る総輔に微笑みかければ、彼もまた、「そうなんだ」と口角を上げる。 「俺も朝から緊張してたよ。冬華のお姉さんが優しそうな人で良かった」  ナチュラルに告げた総輔は手元のティーカップに視線を移し紅茶を口に含んだ。私ひとり違和感を感じている気がするのは、総輔があまりにも自然に他人行儀だからだ。  にこり。まるで今日が初見であるかのような笑顔に反射的に瞬きの回数が多くなる。それは総輔なのに、総輔ではない。見事なまでに冬華の彼氏だった。
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