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「お姉ちゃん」
妹の冬華が言った。
「彼、もうその辺まで来てるみたい。迎えに行ってくるね」
ばたばたと忙しなくコートを羽織る彼女がスマホをポケットに忍ばせ、「気をつけてね」と声を掛けた私にドアの隙間からそっと顔を覗かせる。
「緊張してる? お姉ちゃん」
「してない、してない。妹の彼氏に会うだけで緊張なんてしないよ」
長女特有の、しっかり者の仮面を被った私とは正反対でふわふわした女の子らしい妹がこちらをじっと見つめる数秒間、徐々に薄めていく瞼と上がる口角は私を見透かすように告げる。
「本当に?」
こういう時、私の本心を掬い上げることに長けている冬華には敵わない。5つ下の彼女は私の家族であり親友だ。
少し開いた窓から冬の澄んだ空気が流れ込む。
室内は来客用に拵えたカヌレの甘い香りと、どことなく他所行きなヘアオイルの匂い。
それに加えテーブルに飾られたスイートピーがいつもより浮き足立った雰囲気を演出していた。
「…ちょっとだけ、緊張してる。だって冬華の大事な彼に会うんだよ。変なところ見せられないじゃない?」
今日は、妹が初めて彼氏を家に連れてくる日。
数年前に両親を亡くした私たちにとって互いは唯一残された大切な家族で、勝手に親代わりのつもりで冬華を見守っていた私にしてみたらそれなりに緊張もする。
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