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「大丈夫?」
心配そうな声にはっとした。この人はたまたま通りかかっただけの人だ。危険な飲み方をしようとしている私を、見るに見かねて声をかけてくれただけ。それなのにいつまでも引き留めるようなことをしていてはいけない。
静かに息を吸いながら、丸まっていた背中を伸ばす。
「大丈夫です。ご親切にありがとうございました」
いったん頭を下げてから顔を上げると、彼がふわっと微笑んだ。「どういたしまして」と言った後も席を立とうとはしない。
「あの、まだなにか……」
「話してみたらどうかな」
ほんの少し首を傾けた男性が、顔をのぞき込き込んでくる。唐突な言葉に理解が追いつかず、私は目をしばたたいた。
「なにか嫌なことがあったのでは?」
どうしてそれを……と思ったが、すぐに気づいた。テーブルの上にはふたり分の食器があるのに、相手はいない。つまり残された私が振られた、と考えるのが妥当だろう。
ほんの少し眉を下げた男性が微笑んでいる。心の底から私のことを心配しているかのような、慈愛に満ちた瞳を向けられ、なぜだか無性に泣きたくなった。
とっさにうつむいてかぶりを振った。初対面の男性の前でいきなり泣きだすわけにはいかない。膝のスカートをぎゅっと強く握りしめ、大きく息を吸ってから顔を上げた。
「いいえ、なんでもありません。色々とお教えくださりありがとうございました」
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