よくある話。

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よくある話。

 まぁ、よくある話よ。  正妻である母が亡くなった途端、愛人とその娘を家に入れる節操のない父親とか。  前妻の娘をいびり倒す継母と、半分だけ血の繋がった妹とか。  仕方がないわよね。  前妻の娘の方が、出来が良くて見目も良いとなれば目障りでしょうから。  そもそも、父親がよそに愛人を作ったのだって、美しくて優秀な妻に劣等感を抱いていたからだもの。  あの男は、あえて自分より劣っている相手を愛人にする事を選んだのだから、こうなる事は目に見えていたはずなのに。  使用人達は皆私に同情的ではあった。  表立って味方してくれはしなかったが。  一応、あの男が雇い主なのだから立場的には仕方がないわ。  まぁ、いずれ、私はどこかろくでもない所に嫁がされて、この家を追い出されるのでしょうけど。  別にかまわないわ。  あいつらの顔を見ずにすむのなら。  それに、どんな所だろうと自分でなんとかしてみせる。  私には、それだけの能力と胆力があると自負している。  けれど、予想外の事が起こった。  以前からこの国と魔族領は小競り合いをしていたのだが、この間の戦争で大きく負けてしまったというのだ。  和睦の条件として「魔王に若い娘を差し出さなければいけない」という話だった。  白羽の矢が立ったのは、私の妹だった。  父親が、普段から社交界で妹を褒めちぎっていたのが原因だった。  それほど素晴らしい娘なら魔王もきっと満足するだろう、と。  父親の言った事は、親の贔屓目を差し引いても半分以上は事実とは異なっていた。    もっとも、王や貴族達はそれを承知で妹を選んだのだ。    義理の母親は、没落して今は平民へと身を落とした元下級貴族の家の出だった。  妹は平民だったが、今は父親の娘として貴族の身分になっている。  高貴な方の娘達のための生贄として、妹は選ばれたのだ。  さすがに、その事については妹に同情するわ。  この件に関しては、妹には全く非がないもの。  本当にこの国はどうしようもないわね。  いっそ、魔王に滅ぼされてしまうべきなのかしら。  当然のように、継母は驚き、怒り狂い、泣きわめいた。  妹は青ざめた顔で、ただただ呆然としていた。  そして。  父親と継母は、私を妹の身代わりにする事を思いついた。  まぁ、こうなるのは当然でしょうね。  元々、私を家から追い出したがっていたのだもの。  さすがに、使用人達も今回は動いてくれた。  秘密裏に馬車を用意し、国外に逃げられるように手配してくれたのだ。  決行前夜の事だった。  普段は目も合わさない妹が、夜更けにこっそりと私の部屋を訪ねてきた。  燭台の灯りで見えたのは、真っ赤に泣き腫らした目だった。 「ごめんなさい……」  妹は、泣きながら何度も私に謝った。    今まで無視してごめんなさい。  お母様にそうするように言われていたけど、本当は、綺麗なお姉様と話をしてみたかった。  でも、ひどくぶたれるのが怖くて逆らえなかった。  そう言って、妹は泣いていた。  演技のようにも思えず、どうしたものかしら、と思っていると妹は両手で私の手を握った。 「逃げてください」 「え?」 「使用人達が話しているのを聞きました。多分、お父様達も知っています」  知られていたのか。 「だから、今日中に、今のうちにお姉様は逃げてください」  明日になれば、父親達はなんらかの動きをみせる。  だから、その前にどうか。  逃げてください。  妹はそう言った。 「でも、そうなると貴女が魔王の元に行く事になるのよ?」 「……仕方がありません。元々、そういう話でしたから」  私の手を握る小さな両手が震えている。    ……ああ、駄目ね。  きっと私は甘いのだわ。  例え、妹の言葉が真ではなくても。  偽りであったとしても。  彼女が怯えている事だけは、本当の事なのだから。  私は、怖がる子供に全てを押し付けるような人間にはなりたくはない。  この国の、王や貴族のように。 「もう遅いわ、部屋に戻りなさい」 「お姉様……」  にっこりと笑ってみせる。  大丈夫。  貴女は、あの男と女の子供にしては見どころがあるわ。  だから。  今回は、私が代わってあげる。    翌朝早く、私は父親と継母が用意した馬車に乗せられた。  魔王の元に行かせるためにだ。  逃げる算段をしてくれていた使用人達の姿はない。  ひどい目に合わされていなければいいのだけれど。  父親の雇った者達に見張られながら、私を乗せた馬車は魔族領に向かって出発した。   何日も何日も馬車に揺られ、ようやく魔族領へと入った。  逃げないようにと格子をはめられた馬車の窓から見える風景に、私は驚いていた。  確かに、行き交う人々は人間とは異なる姿をしていたが、話に聞いていたような怪物のようには見えなかった。  街の様子も、清潔で文化的な生活を送っているように見えた。  魔王城に着くと、私は父親の雇った者達に馬車から引きずり出された。  投げ捨てるように、門の前へと放り出されたのだ。  門番の兵士達が、慌てた様子で駆け寄ってくる。 「確かに渡したぞ!!」  そう言うと、父の雇い人と馬車は逃げるように去っていった。 「お嬢さん、大丈夫かい?」  角と牙がある魔族の兵士は、私を連れてきた者達よりよほど親切だった。 「あーあ、こんなに汚れて」 「どこも怪我してないかい? 痛い所は?」  言葉も通じるのね。  獣のように唸る事しか出来ない、と聞いていたけれど。 「大丈夫です」  私は差し出された手につかまり、立ち上がった。 「魔王様はどちらに?」  私の言葉を聞き、兵士達は顔を見合わせた。 「もしかして、人間の国から来る事になっていた……?」 「でも……」  人間による私への態度を、兵士達は疑問に思っているようだった。 「中へ案内してくださる?」 「ああ、その前に」  と、門番の兵士が呼んだのは、兵士達とはまた異なる姿をした魔族だった。  こちらは、額に3つめの目がある以外は人間とほぼ同じ姿をしていた。 「嘘はついていないですね」  私をじっと見つめたあと、その魔族はそう言った。   「例の伯爵家の娘です。ただ、妹の方が来るという話だったはずですが……」  あら、そんな事まで分かってしまうのね。 「代わりに姉の私が来たのですが、いけませんでしたか?」 「まぁ、いいと思いますよ。若い娘さんをよこしてくださるように言ったのですから」  そのまま、私は王の間へと連れていかれた。  だが、玉座に魔王の姿はなく無人であった。 「またですか」  私を連れてきた三つ目の魔族はため息をついた。 「魔王様! お世話係のお姉さんが来てくれましたよ!!」  ……………………。  今、この魔族はなんと言ったかしら?  お世話係?  お姉さん?  いったい、なんの事かしら?  玉座の後ろから、黒いドレスを纏った女の子がわずかに顔をのぞかせた。  年は、おそらく妹より2、3歳ほど下だろう。 「お姉さん……?」  女の子が、私の顔を見上げてきた。   あら、可愛らしい。  けれど、この方がまさか魔王なのかしら。    その後、魔族の人々に話を聞いたのだけれど、人間の方がとんでもない勘違いをしていたらしい、という事が分かったわ。  まず、魔王様は人間の血が入った可愛らしい女の子である事。  和睦の条件として、「魔王様の世話をしてくれる貴族をよこしてほしい。できれば若い娘が良い」と言ったのを、人間の方で勝手に下世話な意味に解釈したらしい事。  まだ幼いとはいえ、レディなのだからお世話係に女性を望むのは当然だわ。  若い娘と言ったのは、母親が子供と引き離されないように独身の女性を、との配慮ゆえ。  それと、体力面からとの事だったわ。  真実を知れば、まるで拍子抜けのする話よ。    そして、私は今とても幸せだわ。 「魔王様、お勉強が終わったらおやつにしましょう」  私の言葉に、魔王様がぱっと顔を輝かせる。 「この間、作ってくれたお菓子もある!?」 「うふふ、どうでしょう?」  魔王様は素直で愛らしく、勉強熱心だ。  私の事も、実の姉のように慕ってくれる。  あのあと、私を逃がそうとした事がばれて父親達にひどい目に合わされていた使用人達も、魔王様の元へ引き取っていただいた。  皆、最初は戸惑っていたようだけれど、今では魔族の人々に混じって働いている。  それと。 「お姉様!」  妹が駆け寄ってきた。  私の腕にぎゅっとしがみつく。 「もう、お勉強は終わりましたか?」 「ええ、今おやつにしましょうと魔王様とお話していたところよ」  魔王様が、妹のつかまっている腕とは反対の腕にしがみついてきた。  それに気付いた妹が、ぷくっと頬を膨らませた。 「私のお姉様よ!」 「私のお世話係だもん!」 「あらあら」  妹を魔王様の遊び相手として、魔族領へと連れてきたのだ。  あの国に置いておくより、よほどいいもの。  娘2人を魔王に差し出した、とされる父親と継母がどうなったか、まぁ、私には関係のないことよね。  妹がこちらに来てから話してくれたのだけれど、継母は気に入らない事があると妹をひどくぶっていたらしい。  さすがに、妹が父親の籍に入ってからは手を上げる事はなくなったらしいけれど、それでも怖くて母親の言う事に逆らえなかった、と教えてくれた。  大勢の民達があの国に見切りをつけ、魔族領へと逃げ込んできた事も。  その事に憤り、和睦を結んだにも関わらず再び魔族領へと戦を仕掛け、手ひどく返り討ちにあった事も。  私にはどうでもいい事だわ。  滅ぶべくして滅ぶ国になど、すでに興味はないもの。 「喧嘩をするような人には、おやつはあげられませんよ?」   私がそう言うと、妹と魔王様は顔を見合わせた。 「……ごめんなさい」 「私もごめんなさい」 「はい、よく出来ました。おやつにしましょう」  3人でおやつを食べていると、護衛の騎士の1人が目配せをしてきた。  魔族の貴族の出で、先日から私は彼とお付き合いをしている。  ああ、本当によくある話よね。  めでたし、めでたし。なんて。                            
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