機嫌

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まだ他の先生も残っているってのに本当にこの子は。 誰かに聞かれたら困る。 説教どころじゃ済まない。 「ダメに決まってるでしょ」 「お願い」 「ダメだって」 「なんで?何かされると思ってる?」 「別に思ってないけど……」 「じゃあ、いいじゃん。一晩だけ」 やけに食い下がる東郷に困り果てる。 リアルに頭を抱えて苦悩。 あの時とは逆だ。 お願い、一晩だけ、って。 そのワードを出されると無性にくるものがある。 かと言って、生徒を家に連れ込むのも……。 「誰にも言わないから」 「言わないって言われてもね」 「実際バラさずに良い子にしてるじゃん」 「まぁ…」 「別に何もしないし。相手してよ」 「えー…」 「ね、楓さん。機嫌取って」 指で手の甲をなぞられて一瞬、息が止まる。 視線を上げたら、あの日と同じ目をした東郷が居た。 散々、生徒らしく接してきておいて、散々先生と呼んでおいて、いきなり名前を呼ぶのは狡い。 全く。あの日と同じ顔をして……。 何もしないなんて絶対嘘でしょう? 裏切る気満々なくせに。 「……一旦、帰って着替えてきて」 分かっていたくせに頷いてしまったあたしは、やっぱり裏切り者だし、不真面目。 教師には向いていないのかも知れない。
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