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第2話 憂いの日々からの脱却―八代建
特に何か不満があるという訳では無かったけど、毎日が楽しいかと言われるとそうではない。特に不平も不満が無いのだから、誰かに相談することもできない。そもそも、僕には相談相手がいない。
中学の時も特に大きな理由も無かったけど、何となく学校に行かない日が増えてきて、いつの間にか「不登校」のレッテルを貼られていた。そのレッテルはたまに学校に行くと「腫れ物です」という看板のような効果を発揮する。だから、いじめにあう訳では無いが、仲のよい友達ができる訳ではない。いや、仲のよい友達ができる訳がない。学校に来ない癖にいい友達がほしいなんて思うほど、僕も厚顔無恥ではない。
そんな中学生だった僕を心配して、ある日の夕食の時間に、父は「高校は建の得意なことに集中できる環境の学校を選べばいいんじゃないか?」と言ってくれた。本当に有り難い優しい親だ。しかし、困ったことに、僕には「得意なこと」が思い当たらない・・・。漫画を・・読む?youtubeを・・見る?ダメだ。全てがただの消費でしかない。運動は・・・壊滅的に運動神経が無い運動音痴だし。頭もいい訳ではない。困った。これ以上、親を落胆させたくない。
そうだ。閃いた。
「絵かな・・・」
僕は勇気を持って言った。得意と言える程のレベルではないのは分かっているけど、小学校の時には何度か校内と区のコンクールで賞を取っている。好きか嫌いかと言われたら、好きとも言える。
「え・・・?」
「そう。絵だよ。絵画。描くのもだけど、昔よく家族で美術館にも行ったでしょう。だから、絵は好きだよ」
「そうか。でも、絵を専門に勉強する高校なんてあるのか?美大は分かるけど・・・。」
「探してみるよ」
そんな経緯で、僕はこの高校にいる。何もしないまま一年生が終わり、2年生も中盤に差し掛かっている。ただ時間が過ぎていく。漠然と、怠惰な自分に対する不平不満が募るばかりだ。
そんな鬱々とした気分も若者特有のものだと、楽観というか自分と向き合わずに深く考えることから逃げていた。親には好きと言った絵も、授業の課題以外には特に描くこともせずに。しかし、その授業の中で、他コースとの共同授業が始まった。
共同授業の内容とは、ダンスコースとのコラボレーションだった。僕たち美術コースが舞台の背景の絵を描き、その前でダンスコースの生徒が踊るというものだった。
正直、ダンスコースの面々は苦手だった。嫌いな学生がいたり、何か嫌なことをされた訳ではなかったが、文字通り、スポットライトが当たる人とそれを支える人という僕らのコースの構図が何やら恨めしい気持ちになる。ただキラキラしているようで羨ましいだけかもしれない。
あと、派手な感じで高校生のくせに遊んでいるように見える。高校生なんだから、真面目に勉学に勤しめよ、と自分のことを棚に上げて思ったりする。
そんなことを思う僕の中に渦巻いている感情は、間違いなく嫉妬と勝手な偏見だ。
ダンスの背景に使われる絵を描くにあたって、テーマが発表された。何やら近所の神社のお祭りの際にダンスコースの面々が踊るからそのための背景を描くらしい。
この学校の近くには神社やお寺が結構ある。神社での秋のお祭りとなると神嘗祭とか新嘗祭みたいな感じだろうか?神嘗祭だと伊勢神宮だけだっけ?でも、踊りを神様に奉納するのは確か神嘗祭だったような・・・。勉強不足の浅薄な知識が悔やまれる。どちらにしても、和風な絵を描くことになりそうだ。
「じゃあ、次の休み時間が終わったらダンスコースの子達と顔合わせね。残りの時間はどんな絵を描きたいか考えてみて、それを元にブレストするから」
先生は簡単に言ったが、神社なら多少なりともその神社の云われとか、祭神とか分からないと考えられない。神社なんてどこも一緒だと思っているのだろうか?
「八代君は、何を描いたらいいと思う?」
急に女子から話しかけられて驚いた。声をかけられた方を向くと、彼女は分厚い眼鏡をかけていて、いかにも頭が硬くて勉強が出来ますといった風貌だ。
でも、誰だったっけ・・・?
誰だったっけ?という顔をしていたのだろう。
「月代だよ。月代加代」
目の前の彼女が言った。
「あ、知ってるよ。ぼーっとしてて、ごめん。でも、その神社が近くにあるのは知っているけど、祭神も言われも知らないのに何も思いつかないよ。鳥居と狛犬でも描けばいいのかな?どう思う?」
ほとんどのクラスメートの顔も名前も覚えていない事を知られたくなかったので、知っているような素振りをして、無理やり会話を続けた。
「八代君って真面目なんだね。私はダンスの背景なんだから派手な方がいいと思う。狛犬の目からレーザーが出たり、口から火を吹いたりしてる絵がいいんじゃないかな?」
月代さんとは感性は違いそうだが、頭が硬くて勉強が出来ますというタイプではなく、面白い感性の持ち主のようだ。さっきまで知らなかったクラスメイトに初めて興味が湧いた。
「ダンスってKPOPみたいのを想定してる?派手な感じ?」
僕なりに、狛犬が火を吐く背景に合いそうなダンスを聞いてみた。
「う〜ん、KPOPじゃなくてもいいけど、激しいのがいいかな。お祭りなんだから」
「私も派手なのがいいな〜。せっかくダンスコースとのコラボなんだからはっちゃけたいよね」
前の席の山瀬由衣が会話に入ってきた。彼女もどちらかというと真面目な大人しめの風貌だが、案外中身は違うのかもしれない。
「拙者は、神社なら神様は大事にしないといけないと思う。祟られたら大変でおじゃるよ」
後ろの席の木下拓実も会話に入って来た。木下は僕がこのクラスで唯一話しをしている友達である。彼は体は大きいが大人しくて若干ビビりだ。自分の事を拙者とかミーとか言う。よくよく考えてみたら、美術コースはみんな見た目は真面目で大人しそうだ。でも、話してみると違うのかもしれない。
「いい感じでグループに分かれて、すでにディスカッションが始まっているみたいね」
先生にそう言われて周りを見てみると、自然といくつかのグループに分かれて話しが弾んでいる様子だ。初めに、グループを作ってなどと指示をされていたら、独りにならない事だけを考えていたかもしれない。
斜に構えていた今日までの高校生活ってなんだったのだろう・・・。いや、別に好きで斜に構えていた訳ではない。何となくいつの間にか、そうなっていただけなのだ。本当は高校生活を楽しみたい。そんな自分の気持ちに気が付いた。
感性の異なる、俄か仕込みの僕たち四人グループは、どんなダンスの背景なのかも、どこの神社なのかも分からないため何も決められないはずなのに、色々と意見を出し合った。
キンコンカンコンと鐘が鳴った。
「じゃあ、次の時間は三階のダンスの練習場に集合ね」
先生が言った。
僕はこの後、人生が変わる出会いをする。
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