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真逆剤
「聞いてほしいことがあるんだけどお~」
――相変わらず、だな。
私はフッと小さく息を吐き、読んでいた文庫本に再度視線を落とす。
私の座る席の目の前で、いわゆる「陽キャ」に分類されるクラスメートたちが戯れていた。相も変わらず人の席の前でギャアギャアと。因みに、そういう私も陽キャの分類である。大抵の人にはフレンドリーに接することができる。
つらつらと文章を目で追っていると、視界の端にあった、一人の女子の腕がぐるんと回ってこちらに向かってくる。
「うわっ」
反射的に文庫本を守りながらのけぞり身を守る。
「なにをするの! 腕が私に当たるところだったじゃないか!」
「ごめ~ん。そんなことよりさ、碧、これ知ってる?」
私の不満を「そんなこと」と受け流し、腕をぶん回した少女こと、莉音は言う。
「コレ?」
「そう、これ」
再度確認した私の言葉に同意をすると、彼女は自身のスマートフォンのとある画面を見せた。
「なに? これは」
それは大手製薬会社のホームページの商品説明だった。
「ただの薬の説明じゃないか。これがどうかしたの?」
疑問を口にすると、彼女たちはお互いに口元に笑みを浮かべて目配せをしあった。
「これ、この会社の新しい薬なの。説明欄、よく読んでみてよ」
そんな変なところなんてない、と言いかけて、説明欄を読むと見慣れない文字が薬品名にあった。
「真逆剤……?」
「そ。これを飲むと、全部が真逆に見えるみたい。例えば――」
莉音はそう言うと、首を回して教室の隅に座る一人の地味な少女に目を付けた。
「ああいう、大原さんみたいな人が、めっちゃ可愛く見えるんだって」
いやらしく、声を潜めて言う莉音。
――また始まった。
確かに、大原かずという少女は地味である。なんだかパッとしないし、なにか特別に秀でているわけでもない。つまりは目立つ部類の子ではないのだ。
しかし、それが莉音たちにとっては絶好の玩具になるらしい。なにかにつけては大原を追いかけまわす。
「はいはい、つまりは全部が全部真逆に見えるってことね」
「それだけじゃないの」
「それだけじゃない?」
その言葉を訝しんで、私はもう一度莉音のスマホ画面をのぞき込む。そこには、「そんな風に見えているのは自分だけ」と書いてあった。
「自分だけにしかそう見えていない? ならば、逆に見えても意味がないじゃないか」
「意味が大有りよ。例えばメイク。鏡を見ながら、一番不細工になるようにメイクをするの。そうすれば、実際にはめっちゃ可愛いメイクだってことでしょ?」
笑みを顔いっぱいに浮かべる彼女たち。今回は大原をいじるのが目的ではないようだ。
「確かにな」
「それでね、これ、面白そうだったから買っちゃった! 今日中には莉音のうちに届くんだ~。だから!」
莉音は小首をかしげてこう言った。
「今日の放課後、みんなで集まるの。碧も莉音のお家、来てね?」
「……興味ある。から、行く」
私は好奇心に負け、放課後に莉音の家へ向かうことになった。
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