13人が本棚に入れています
本棚に追加
張り詰めた空気の中、フィーラは喜んでそのエサに食いついた。相当なお気に入りらしい。見慣れないの粉末の薬物が入っているはずなのに、お構いなく食べている。
フィーラに変化があったのは、その後一瞬のことだった。
「クゥーン」
突然、フィーラが悲しそうな声をあげた。
「どうしたの」
莉音はこれまた優しく声をかける。
「これ、好きでしょ」
「ほら」と彼女がぐいぐいと皿をフィーラへ近づける。
「クァフ、クフ」
フィーラは抗議の意なのか、私たちに威嚇をして見せる。
「効果あり、みたいね」
莉音は威嚇するフィーラを瞳に捕らえて、満足げに言った。
「ねえ莉音、なんで満足げなわけ? フィーラに何かあったらどうする――」
「だーかーら! なにも起きないの! ほらみんな、真逆剤試そうよ」
莉音は私の態度に苛立ったのか、少し言葉に棘を孕ませた。対して「みんな」こと彼女たちは少し気まずそうに莉音につられ部屋へ向かった。
「フィーラ……」
真逆剤はその名の通り、すべてが逆に見えて、聞こえる薬。しかしフィーラの様子を見てみると、それだけではなく味覚までも真逆に変化するらしい。
ならば、酷いことを言えば、フィーラには優しい言葉になるのだろう。
「薬入りのエサ食べられてよかったじゃん。なにもない時に話しかけてこないでね。あんたのことなんて全然心配して無いんだから」
側から聞けばひどい言葉。それでも私の予想通りにフィーラに届いたらしく、毛並みが美しいゴールデンレトリバーは顔をあげて喜んでいるように見えた。
「ずっと会いに来ないから」
逆の言葉でまたね、と言った私は、慌てて莉音たちを追いかけた。
最初のコメントを投稿しよう!