八月十六日

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(しばら)くそうしていた貴方は、小さくため息をつく。 そしてまた前に向き直ってしゃがみこみ、僕の名前が(きざ)まれた、その石をじっと見つめて。 「また来る」 (ひたい)をコツリと石に当てると、手桶(ておけ)()げて立ち上がった。 僕は腕を組みながら、去りゆくその後ろ姿を見送る。だんだん小さくなって、やがて貴方は僕の視界から見えなくなった。 足元に視線を落とすと、小さい花束がひとつと、僕が好きだった店のお菓子がふたつ、並べて置いてあった。 一緒にいた頃は、俺がふたつなんて一度に食べようものなら──身体に悪い、食い過ぎだ、なんて怒っていたな。 ──僕達の関係は、誰にも秘密にしていたから。 貴方は今でも遠慮(えんりょ)して、一年のうちこの日だけ、僕にずっと会いに来てくれている。 だから、僕もまだ帰らずに待っている。 貴方がくれたお菓子をひとつ、(かじ)る。これも変わらず、僕が好きな味のまま。 もうひとつは…… 『食べ過ぎかな』 自分で言ってちょっと笑ってしまう。これはお土産(みやげ)にするか。
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