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 朝食を済ませて不動産屋に向かおうとしたが、もし契約をすることになった時のことを考え、印鑑を取りに家に戻ることを決めた。  マンションの前に紘太の車が止まると、 「すぐに戻るから待ってて」 と言って一人で車を降りる。 「待って! 車を止めたら一緒に行くから!」  路上駐車禁止の道路であることを知っていたし、何よりも短時間で済むことに、彼の手を煩わせたくはなかった。  エレベーターは運良く一階にいたため、麻里亜はサッと乗り込んで三階のボタンを押す。ドアが開いた瞬間にパッと降り、カバンから取り出した鍵を使って部屋の扉を開けた時だった。突然部屋の中から何かがコトンと落ちるような音がしたのだ。  聞き間違えか、勘違いか、それともーー誰かいる? そう考えて、体に悪寒が走る。このまま扉を閉めて逃げることも考えた。だがもし今犯人が中にいるのなら、現行犯として警察に突き出すことだって出来るはず。でもやっぱり怖いーー今更だが、紘太に来なくていいと言ったことが悔やまれた。きっと彼は自分が帰って来るのを車の中で待っているに違いない。  麻里亜は不安と恐怖でおかしくなりそうな心をなんとか奮い立たせ、このまま中に入ることを決意した。昨日紘太くんと連絡先を交換しておいて良かったーーそのことに感謝しながら、ポケットのスマホを操作して紘太に連絡を入れようとした時だった。突然ドアが勢いよく開けられ、突き飛ばされた麻里亜は廊下の壁に背中を強く打ち付けてしまう。 「痛っ……!」  しかし顔を上げる暇もなく、腕を引っ張られて部屋に引き戻されたかと思うと、ワンルームの部屋に投げ飛ばされて床に転がされた。あまりの激痛に涙が出そうになったが、犯人の顔を見ようと必死の思いで顔を上げた。  しかし麻里亜の思いとは裏腹に、黒いパーカーのフードを目深に被り、黒いチノパンを穿いていて、性別すらも見分けることが出来ない。ただ手に握られているカッターナイフの刃がきらりと光り、麻里亜は恐怖のあまり唾をゴクリと飲み込んだ。 「おい、SDカードはどこだ」  それは男の声だった。わざと低い声にしているように聞こえる。男は麻里亜のすぐそばにしゃがみ込むと、怖がらせるためかわざとカッターをちらつかせた。 「SDカード? 何のことですか……?」  麻里亜が意を決して言葉を紡ぎ出すと、男はカッターの刃を彼女の首に押し当てる。少しでも動けば刃が突き刺さりそうだ。
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