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 振り返るとそこにはオペ室ナースの山田が立っていて、麻里亜の向かいの席にトレーを置いた。 「ここ、いいですか?」 「お疲れ様です。えぇ、どうぞ」 「ありがとうございます」  山田はニコリと微笑むと椅子に座る。今は休憩時間だからだろうか、手術前後の彼女の雰囲気とは違い、ゆったりとした空気感を感じた。  そんな彼女は、麻里亜の顔を見るなりクスクスと笑い出す。突然のことに目を瞬いた麻里亜は、何か楽しいことがあっただろうかと首を傾げた。 「あはは、ごめんなさい。安東さんと神崎さんってお知り合いだったんですよね」 「えっと……実はそうなんです」 「やっぱり! 彼が言ってたのって、神崎さんのことだったんですね、うん、納得」 「あの……彼が何か言ってたんですか?」 「聞いてませんか? 安東さん、救急車に乗る時にうちの病院を指定したそうなんです。『俺の専属看護師がそこにいるんです』って言い続けてたって聞いてますよ」  そんな恥ずかしいことを口走っていただなんてーー! まさかの出来事に、麻里亜の口が開いたまま塞がらなくなる。 「最初はみんな頭の打ちどころが悪かったんじゃないかって心配してたんですよ。手術中も『マリア様に会えますように』とか言ってたから、キリスト教を信仰してるのかなぁって思ったし……そうしたら本当に専属看護師がいたようなので安心しました。しかも"マリア様"だし」  山田がニヤリと笑ったものだから、麻里亜は更に顔を真っ赤にして両手で覆った。 「……そ、そんなこと言っていたんですか⁈ 恥ずかしい……!」 「まぁまぁ。でも安東さんの必死の祈りが届いたようで良かったです。ようやく恋が実ったんですね」  それはまるで自分に言われているようにも聞こえ、心が温かくなるのを感じる。気持ちを抑え込んでも、消えることも変わることもなかった恋心が、ようやく二人を結びつけたのだ。 「……ありがとうございます」  専属看護師だなんてーーでもよく考えてみれば、麻里亜自身がずっとなりたかったものかもしれない。彼の傷を治すのは私の仕事なんだからと思いながら、ポケットに絆創膏を忍ばせていたのだから。 「どうぞ末永くお幸せに」 山田の言葉に顔の筋肉が綻んでしまう。麻里亜は頷くと、これ以上にないほどの笑顔を浮かべた。
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