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夕方の出勤に合わせて足早に病院に向かっていた神崎麻里亜は、着くなりホッと胸を撫で下ろした。
病院に着けば一安心だわーーそう思いながら更衣室に向かう。
ここ最近はずっと夜勤を中心に仕事に入るようにしていた。夜は家にいたくなかったためだが、そろそろ引っ越しを考えてみてもいいかもしれない。次の休みに物件を見に行ってみようかーーそう思いながら、ロッカーを開けて手荷物を置く。中を覗き込んだが、特に異常はなかった。
それからナースウェアに着替えると、交代までまだ時間はあったが、早く仕事モードに切り替えたくて、病棟までの廊下を小走りで進み始める。
今はきっと病院が一番安全なのかもしれない。だってここにいる時は仕事に集中出来るし、危険を感じることもないからーー。
ナースステーションに入ると、夜勤の看護師は麻里亜しかいなかったが、看護師たちは何やら慌ただしく動いている。すぐに日勤の富田に声を掛けた。
「おはようございます」
「あぁ、神崎さん。おはよう。今日も早いね」
「はい、早く着いてしまったので。何かあったんですか?」
「実は昼間にビルの階段から落ちた人がいて、緊急手術が行われたんだけど、終わったからこれからこの病棟に運ばれてくるんだって。大部屋に入るから、たぶん神崎さんが受け持つことになると思う」
「わかりました」
「詳しくはまた後でオペ室ナースからの連絡待ちかな」
麻里亜は頷くと、パソコンには名前は安東紘太、年齢は三十二歳と情報が映し出されていた。しかし麻里亜はそれを見た瞬間、驚いたように目を見開いた。
安東紘太ってもしかしてーーその名前に見覚えがあったが、記憶を辿る暇もなく、
「安東さん、こちらに向かってるそうです!」
と声がかかる。
いや、ただの勘違いかもしれないし、顔を見るまではまだ本人かどうかなんてわからないしーー病棟の扉が開いて、患者がベッドに寝かされたまま押されてくるが、やけに楽しそうな笑い声が響いてきた。
階段から落ちて手術と聞いていたから、重症であることを想像していたのに、ベッドに寝ている男性は看護師たちを笑わせるのに必死に見える。
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