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水槽の中を泳ぐ
「聞いた?あの美藤家の人が紫の蝶のタトゥーが入ってる女の子を探してるんだって」
「え、何それ。てか美藤ってあのヤクザの?」
聞こえてきた声に日誌を書いていた手が止まる。
欠席していたのは誰だっけ、と考えていた頭はあっという間に真っ白になった。
いつもなら聞き流しているはずのクラスメイトの話し声がやけに大きく聞こえ、ドクンと心臓が大きな音を立てる。
「そうそう。なんか屋敷から逃げ出したとかで探してるんだってさ」
「えー、こわ。でも確か美藤ってめちゃくちゃ綺麗な男の人じゃなかったっけ?」
「らしいね。ヤクザに追いかけられるのは嫌だけど、かっこいい人ならアリかも」
かっこいい人ならアリ?
何だそれ。
何も知らないくせによくそんなことが言える。
いや、何も知らないからこそそんな風に言えるのか。
シャーペンを握る手に無意識に力が入り、ポキッと芯が折れる。
さっきから止まらない震えはきっと恐怖からだろう。
ゾワリとした感覚にぎゅっと唇を噛み締めた。
大丈夫。
まだ誰にも気づかれていないんだから。
自分に言い聞かせて、再び日誌を書く手を動かす。
欠席欄をぼんやりとした記憶を辿って埋め、パタンと閉じる。机の横にかけていた鞄を引っ掴んで日誌を片手に教室を出た。
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