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人生には2種類の悲劇がある。
受動的な悲劇と能動的な悲劇だ。
どうあがいても自分ではどうしようもない前者に対して、自分で選んでしまったが為に苛まれた悲劇は後悔ばかりが募る。
目の前の男、常盤蛍は、私にとって能動的な悲劇の象徴そのもの。
もう、1秒たりとも私の人生に関わって欲しくないのに。
「おかしいなぁ。…失礼でなければ、お名前伺っても?」
「な、名乗る程の者では…」
「え?それ、なんのジョークですか?もしかして家政婦さんじゃなくて不法侵入者?」
「まさか!!歴とした家政婦です!!」
「本当に?昔から多いんですよ、ストーカーの類。もしかして見覚えあるのって、俺の跡つけてるから、とか?」
「違います!断固として違います!」
やばい。疑われている。私の信用が落ちるのは構わないが、圭子さんの評判が落ちるのは避けたい。必死に首を横に振れば「怪しい」と胡乱げな瞳を向けられて焦りが増す。
身バレは絶対にしたくないが、会社は巻き込めない。だってこの人はVIP客。
「私『クリーンメイド』から派遣された家政婦です。名乗り遅れて申し訳ありません。田中と申します」
「田中…さん?」
「はい。田中です」
「下のお名前は?」
「えっ」
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