最低

11/13
前へ
/173ページ
次へ
「不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。もう2度とここの担当にはなりませんので、ご容赦願いたく…」 つらつらと謝意の弁を述べる私の頭上に降ってきたのは、クツクツと小さな笑い声。え、と反射的に顔を挙げると、常盤蛍が口元に手を当てて笑っていた。 蘇る鮮明な記憶。この男は昔からこんな笑い方をしていたな、と。 無駄な事を考えていたせいだろうか。 「お前、ほんと変わんねーな」 重要な言葉を、聞き逃してしまった。 「えっと、」 今なんて? そう問いかける寸前に、男の腕が私に向かって伸びてくる。急な出来事に驚いて動きを呆然と目で追っていたら、指先がやんわり耳に触れ、気が付いた時にはもう、マスクは彼の指先に引っかかっていた。 「久しぶり、菫」 ニンマリと三日月を描く瞳はなぜか嬉しそう。 「元気にしてた?」 時が止まる。開いた口を無意識に閉じてゴキュっと喉を鳴らした瞬間、ぐらりと回る視界。 キモチワルイ。 「おっと」 よろけた体を蛍に支えられ、その吐息が顔に掛かって初めて、自分が顔を曝け出している事を知った。 「菫?大丈夫?」 キラキラと輝く瞳の下に二つ並んだ泣き黒子。 どうか最後まで信じたくなかったのに。 正真正銘、コイツは私の悲劇。 本物の『常盤蛍』だ。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

875人が本棚に入れています
本棚に追加