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「不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。もう2度とここの担当にはなりませんので、ご容赦願いたく…」
つらつらと謝意の弁を述べる私の頭上に降ってきたのは、クツクツと小さな笑い声。え、と反射的に顔を挙げると、常盤蛍が口元に手を当てて笑っていた。
蘇る鮮明な記憶。この男は昔からこんな笑い方をしていたな、と。
無駄な事を考えていたせいだろうか。
「お前、ほんと変わんねーな」
重要な言葉を、聞き逃してしまった。
「えっと、」
今なんて?
そう問いかける寸前に、男の腕が私に向かって伸びてくる。急な出来事に驚いて動きを呆然と目で追っていたら、指先がやんわり耳に触れ、気が付いた時にはもう、マスクは彼の指先に引っかかっていた。
「久しぶり、菫」
ニンマリと三日月を描く瞳はなぜか嬉しそう。
「元気にしてた?」
時が止まる。開いた口を無意識に閉じてゴキュっと喉を鳴らした瞬間、ぐらりと回る視界。
キモチワルイ。
「おっと」
よろけた体を蛍に支えられ、その吐息が顔に掛かって初めて、自分が顔を曝け出している事を知った。
「菫?大丈夫?」
キラキラと輝く瞳の下に二つ並んだ泣き黒子。
どうか最後まで信じたくなかったのに。
正真正銘、コイツは私の悲劇。
本物の『常盤蛍』だ。
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