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『捜査関係者の話によりますと——』
「な…に…」
関わってはいけない何かが起こった。瞬時にそう思った。
私の役に立てるなら何でもする、なんて簡単に口にした蛍の、あの軽い笑みの理由。
ガクガクと膝は笑っているし呼吸はずっと苦しい。手遅れだと意思は告げるのに、それでも、本能は逃げる事を選んだ。
椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がると、踏みつけたジュースが飛び散って辺りを紫に変える。もつれる足を必死に動かし談話室を飛び出した。足を進める度に感じる粘着質なベタつき。耐えきれず裸足になって走り出す。
とにかく逃げなければ。
行く宛なんてないけれど。
頼れる人なんていないけれど。
蛍だけは、だめ。
外来が始まったばかりの総合受付。多くの人で賑わっているなか、院内着で走る女の姿は目立っただろう。訝しげに眉を顰めた女性を横目に捉えたが、出入り口だけに狙いを定め、人を押し除け自動ドアを駆け抜けた。
熱った体を冷やす通り風。気味悪いほどの快晴。
眩しさに目を細め、手でその明かりを遮る。
陽と隠の強いコントラストに目眩を感じながら空を仰いだ。世の中は明るくて美しい。世界には膨大な自由がある。
なのに。
「おはよう、菫。いい天気だね」
それは私のものではない。
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