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「菫は嘘って言って欲しいの?」
それはもうほぼ答えだったけど、現実を拒絶する為に小さく頷く。わかった、と和かに返事をした蛍は私の頬を両手で包み込んだ。
冷たい指先。艶のある唇。瞬く瞳。彼から発される全てが怖くて強く瞼を閉じる。なのに、逃避のための行為は愚かにも聴覚を鋭くさせ、吐息一つすら拾ってしまった。
呆れたように小さく笑う声。直後に短く息を吸い、ゆっくりと唇が開き、告げられた言葉。
「嘘だよ」
音だけでは判別ができなかった。彼の本音は。
「ど?安心した?」
「…うそ…」
「うん、嘘だよ」
だから閉じた瞼を持ち上げたけれど、やはり表情を見ても判別はできなかった。
「は?…どっち?」
「どっちでも、菫の好きなように」
「揶揄わないで…本当の事言ってよ」
知りたい。知りたくない。知りたい。だけどきっともう手遅れ。
ぶわりと溢れ出した涙が両頬を遠慮なく濡らす。怒りよりも虚しさが優って表情が抜け落ちたであろう私を見ると、蛍は頬を染め、かわいいなと呟いた。
その小さな声が耳に届き、つられるように彼に目を向ける。美しい顔には何の躊躇いや気まずさもない。ましてや罪悪感なんてどこにも見当たらなくて、ただひたすら穏やか。
「嘘でも本当でも、全部菫の好きにして良いんだよ」
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