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使い慣れないキッチンには最新の設備。 「んーと、まな板、まな板…あ、あった」 ピカピカのシンク、ビルドイン食洗機、スタイリッシュな冷蔵庫に一つウン十万はしそうな食器類。1口コンロの我が家とは大違い。 かつては私もこっち側だったはずだが、もう遥か遠い過去だ。 ——お父さんは今、どうしているんだろう。 ふと湧いた思考を振り払い野菜を刻んでいく。 今更、父の安否なんてどうでもいい。大事なのはお金だけ。 私は私の事だけに集中して、私の為だけに生きればいい。そして少しでも人生を楽に。 ザクザク、トントン。リズミカルな音を響かせながら雑念を消していく。 料理は好きだ。無心になれるから。特に仕事だと高級食材を味見できるのも高ポイント。 ただただ刻む。刻んで刻んで、思い出も全部刻んで、原型すらなくなれば良いのに。ぐちゃぐちゃに混ぜて、ドレッシングぶっかけて、素材の味なんてわからなくして。 料理みたいに簡単に過去を変えれたらどれだけ良かっただろう。 サラダ類の下処理を終え大量の玉ねぎに取り掛かった最中に、ポロと涙が溢れた。決して父の姿がチラついたせいではない。あんな人。 「あぁ〜、目に滲みるよ〜」 溢れた涙がマスクに吸い取られ、頰辺りが湿る不快感に包丁を置く。
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