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「玉ねぎめぇ」
余計痛くなるのに恨み言と一緒にゴシゴシと手の甲で目を擦った、時の事である。バタン。扉が閉まる音。次いでガサガサと物が擦れる音と人の気配。
圭子さんだろうか。
涙を指摘されても恥ずかしいので慌ててエプロンで拭った。マスクで見えないだろうけど、ぎこちない笑顔を浮かべて「あ、おかえりなさ〜い」と平然と出迎える。
「随分早かったですね?ちょっと玉ねぎが染みちゃって…って、え?」
ぴたりと体が固まる。
「あれ?新しい家政婦さん?」
リビングの扉から現れたのは、大好きな圭子さんではなく若い一人の男。
年は20前半だろう。やけにキラキラな顔面には薄っすら笑顔。整えられた髪も、鼻腔を擽ぐる仄かに甘い香りも、身に付けている物一つとっても、お金がかけられている事が一目で分かる。
「あ、、えっと、あの、」
なんだか妙に見覚えのある風貌に、知らず鳥肌が立つ。
「あぁ、突然驚かせてすみません」
ぺこりとラフに頭を下げた彼からは、隠しきれない上品さ。
「家主の常盤です」
「と…とき、、わ…さま、」
不自然に固まってしまったせいだろうか。
「はい、常盤です。ってか、あれ?…ん?なんか…どこかでお会いした事ないですか?」
目が合った瞬間に全身から血の気が引いた。
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