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私が部屋に帰ってきた綾人くんを玄関までわざわざ出迎えに来たのは、半分罪悪感からだった。
おかえりなさい、という私に対して彼は嬉しそうな顔をするものだから、私は自分が悪者になったような気がしてくる。どう考えても悪いのは、目を細めて幸せそうに笑う彼の方なのに。
綾人くんは今日も念入りに手を洗っている。日に日に手を洗う時間が長くなってきている気がする。気のせいかもしれないけれど、なんとなくその理由を察せてしまう私は、そっと目を背けることしかできない。
10分、とまではいかないけれども、とにかく長い手洗いが終わって彼が部屋に戻ってくる。綾人くんは部屋をぐるりと見まわして、何やら不思議そうな顔をしている。自分の表情を彼に悟られないように、私は彼の後ろ側に回った。
「なあ、お前さ、部屋のもの動かした?」
「え、特に何も……」
声がうわずりそうになるのを必死に抑え込みながらなんとか言葉を絞り出す。
彼は、ふうん、とだけ言った。どうやら、彼は私の言葉を信じてくれたらしい。一瞬、彼のタブレット端末を勝手に触ったことに気づかれたのかもしれない、とかそんなことを考えたが、彼がそれ以上何も言わないので、多分、大丈夫なのだろう。
何だかこうやって彼の顔色を伺いながら生活するのにも疲れてしまった。明日になれば依央がきっと迎えに来てくれるのだから、それまで何とか、ここで無事に明日を迎えなければならない。
「なあ、どこ見てんの」
そんなことを考えながら彼の背中を前にぼうっとしていると、綾人くんがこちらを振り返った。
そのまま彼は私の手を思い切り引いて、私をベッドの方に突き飛ばした。
視界が反転する。
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